明治9年(1876年)6月 アメリカサンフランシスコ テレグラフ・ヒル 伊達正
フィラデルフィアの万国博覧会からニューヨークへ戻ると、日本へ帰るため鉄道へと飛び乗った。忠七の話を聞くに、利左衛門殿の具合が良くないとのこと。急ぎ帰り、何としても会わねばなるまい。道子様と国子様のことも気になる、瀬兵衛様も交えて話し合うことが必要だろう。
10日余りでサンフランシスコに到着した。横浜への船を待つ間、湾を一望できるテレグラフ・ヒルへとやって来た。海霧と蒸気船が出す煙が、太平洋を霞ませる。思えば、正宗とこのように長い間共に居たことなど無かった。何時も忙しく立ち働き、構ってやることが出来ずにいた。だが、クリーブランドへ自分一人で行った折も、パトリックとニューヨーク港を散策したりして。全くと言っていい程、自分を困らせることなど無い。あまりに聞き分けが良すぎることが、かえって案じられた。
そんな正宗が、服飾店の前でちょんちょんと自分の袖を引く。指差したのは、真珠の母貝で造られたブローチだった。
「道子様へのお土産にか?」
正宗が笑顔で、頷いている。そんな事すらこの子に教えられている、自分は親としてなんと頼り無きことか。
「それじゃあ、国子様にも何かお土産を選ばなければいけないな」
そう言って、サンフランシスコの中心街を二人で探し歩いた。この何気ない時間も、この子の思い出として残るのだろうか。そんな事を思っていると、正宗の足がぴたりと止まった。
「これ!」
正宗が選んだのは、道子様へのブローチと同じ真珠の母貝を使った手紙入れだった。
「そうだな、同じ貝で造られているから記念になりそうだな」
正宗の頭を優しく撫でながら言った。横浜へ戻れば、こうして二人で街を歩くことも少なくなるだろう。間もなく、学校へも通わせねばなるまい。そう思うと、正宗をがっしりと抱き寄せていた。
「アメリカは楽しかったか?」
突然抱き寄せられて、最初はきょとんとしていた正宗が満面の笑みで頷いた。帰らねば…楓、正宗はしっかりと育っているぞ。帰り着いたら、楓に会いに行こう。そう思いながら、正宗を抱きしめた。




