明治9年(1876年)5月 アメリカフィラデルフィア 万国博覧会会場 伊達正
ロックフェラー氏の元からやって来た、アイザックの交渉力は折紙付きだった。長年(…と言ってもまだ7年程らしいのだが)ロックフェラー氏の元で培ってきた力に加え、ドイツ系ユダヤ人としての人脈を活かして次から次へと交渉をまとめて行った。どうやら自分がロックフェラー氏と契約を結んだ折に、私が口にした『三方良し』に感銘を受けたらしく。直訴しての、ダスティ商会への転属だったらしい。
そして4月10日に佐藤百太郎殿が、5人を伴いニューヨークへと到着した。新井君と森村君を除いた3名が、佐藤百太郎商会とダスティ商会で研修を積みながら語学習得を目指して行く。特に忠七はこちらで雇い入れたパトリック、オットー、アイザックに対抗心すら抱いているように見える。これから共にダスティ商会を支えて行く者同士、仲良く商会運営に励んで貰いたいものである。
百太郎殿が帰着したことで、横浜へ戻らねばならないのだが。帰る前にどうしても見ておかねばならぬ催しがあった、フィラデルフィア万国博覧会だ。アメリカの技術力の粋を集めた博覧会に、ニューヨークに着いた6名と正宗を伴って訪れた。皆の目に真っ先に飛び込んでくるのは、会場の全ての動力を担うコーリス蒸気機関の巨大さと、その轟音だったことだろう。その威容に忠七は。
「これがアメリカが誇る技術力か」
と、感嘆の声をあげていた。その声を受けて、百太郎殿が皆に向けて言い放った。
「皆は、この巨大な蒸気機関に目を奪われるだろう。だが本当にこの会場を動かしているのは、蒸気ではない。アメリカの資本だ」
その言に、皆一様に頷いている。
「資本は人の身体で言えば血液だ。巡らなければ身体は生きられない。だが血液だけでは人は歩けぬ。志と知恵があって初めて国は栄える」
自分の言葉に、今度は皆一様に力強く頷いた。他にもトーマス・エジソンの四重電信機や、レミントン社製のタイプライターなど。何処も人集りで、盛況を博していた。中でも正宗のお気に入りは、アレクサンダー・グラハム・ベルの電話だった。正宗は受話器から聞こえてくる、離れた場所の人の声に目を丸くした。何度も受話器と送話器を見比べては、不思議そうに首を傾げている。仕組みを理解しようとするようなその眼差しに、自分は思わず笑みを漏らした。そして少しだけ寂しくもあったのかもしれない。この子はやはり、科学技術や工学技術を好むのかと…。




