明治9年(1876年)2月 アメリカクリーブランド StandardOil社 伊達正
忠七の手紙には、百太郎殿一行がニューヨークへと戻るのは4月〜5月になるとのことだ。それまでに、パトリックとオットーにある程度の事は任せられるようにしなければ…。そう思っていた矢先、ロックフェラー氏から会いた旨の手紙が届いた。今回は、ある程度の意思疎通にも慣れてきた正宗をニューヨークに残し、一人でクリーブランドへと向かうことにした。自分がいない異国で、どのように過ごすか期待を込めて置いて行くことに決めた。
約束の10年にはまだ3年の猶予がある。競合他社の買収に、鉄道運賃の交渉。本業の品質管理から、人事にと目の回る忙しさだろうに一体何があったのだろうか。
「わざわざこちらまで来て頂いて、ありがとうございます。ニューヨークに滞在していると聞いて、連絡を差し上げたのですが…ご迷惑ではありませんでしたか」
心配を装っているが、こちらへの配慮とは違う。何かがあっての、招待なのは明確に窺えた。
「迷惑など、こちらも契約以来。顔も見せずにいたこと自体、不自然だったのです。…ですが、何か不測の事態でも起こりましたか?」
苦笑いを浮かべながら、ゆっくりと首を振った。
「いえ、順調に事業は拡大しています。ただ、ニューヨークに支店は置いているものの、未だ交渉は私自身しか行なえないのが気掛かりで…」
確かにクリーブランドに本社を置く以上、ニューヨークに信頼に足る人物を置く必要がある。でなければ、一々ロックフェラー氏がニューヨークへと赴かなければならない。忙しいロックフェラー氏が、後一人はいないと成立し得ない状況になりつつあるということか。
「それ程に、信頼出来る人材が不足しておられのですか?」
ここは腹を探ることなく、単刀直入に聞いてみた。
「私は何事にも慎重を期す人間なので、私の目の届かぬニューヨークで、取引が私の考えに沿って進んでいるか見届けてくださる方が欲しいのです」
なるほどな、ここまで事業規模を広げる人間を黙って見過ごすほど、アメリカ経済は甘くは無い。ということか、だが懸念は残る。
「それを私に、ということでしょうが…。今はこうしてニューヨークに滞在していますが、いずれ横浜に戻らねばなりません。それをどうするか、という問題は残りますな」
それを察していたように、ロックフェラー氏は言葉を継いで話出した。
「その懸念は確かにありました。ですが、こちらから貴方の商会に人を送る形で解決出来るのではないか、との結論に至りました」
ロックフェラー氏の、息の掛かった第三者。という建て付けで、それを自分が管理する。という形で、生き馬の目を抜くニューヨーク市場を相手取ろうということか。
「送り込まれる人物は、私の内憂にはなり得ない人物と判断してよろしいのですね」
幾ら出資をしている人物と言えど、無条件で信用することは出来ない。ここはしっかりと、釘を刺しておかねばならない。
「さすがは、私にいち早く出資するだけの目を持つパートナーだ。その辺りの懸念事項は、彼との契約の際に解決して頂ければと思います」
こうして、ロックフェラー氏から紹介されたアイザック・レヴィが我が商会に加入することになった。




