明治8年(1875年)7月 アメリカニューヨーク アスターハウス談話室 伊達正
モルガン氏に紹介して貰ったオットー・ホフマンは談話室に運ばれた、コーヒーを一口だけ手を付けてこちらを見据えている。その仕草からは、銀行員特有の怜悧さは感じられない。どちらかと言うと、温和にさえ感じた。
「モルガン氏からうかがいました。顧客のために整理間際まで銀行に残られたとか?」
ゆっくりと首を振って、否定しながら。
「そんな綺麗事ではありません。自分が許せなかったんです。例え一行員でも、破綻する前に何か手を打てたんじゃないか…ってね」
後悔の念を滲ませながらも、諦観しているようにすら見える。
「貴方の事を、モルガン氏からうかがった時に思ったのです。貴方なら、私の理念に共感してくれるんじゃないか。自分達も儲け、相手の利を尊重し社会に貢献する」
それを聞いて、オットーは納得したように語り始めた。
「その理念を聞いて腑に落ちました。モルガン氏から伺ったStandard Oil社との契約も、その考えの延長だったのですね。あの資金を得た故、ロックフェラー氏の今の快進撃がある」
そんな事まで耳に入っているとは、微かな驚きをオットーは察したように続けた。
「当時、我々は今の貴方と同じ種の驚きを感じていました。そんな所に目を付けた人物がいたなんて」
なるほど。そこまで知っていても不思議ではない。同じ理念を見ているからこそ、そこへ目が向いたのだろう。もう一度、コーヒーを口に運ぶとおもむろに続けた。
「確かに貴方の理念に共感はある。社会の公器としての銀行に、それをすら感じていた。…だが今の自分は、それを潰した側の人間だ」
先程までの柔和さを失って、感情が暴走しているようにすら見える。だが、それですらオットーという人間を貶めることは無かった。
「確かに銀行は潰れたかもしれないが、貴方という人間が潰れてしまうのはもったいない。必要としているのは銀行では無い。オットーという人間なのだ」
その言葉を聞いて、オットーは深々と頭を下げて懇願した。
「是非、貴方の元で働かせてください…いえ、学ばせてください」
それほど歳は変わらないはずなのだが、不思議と導く立場になってしまう。人の縁とは、実に奇妙なものだ。




