文久3年(1863年)8月 江戸柳橋 柳橋袂 伊庭新八郎
土用も終わりに近づいた8月のある日、昼時の鰻を焼く炭の匂いも薄まってきた頃。診療所に慌てふためいて駆け込んできたのは、材木商の手代である弥平だった。「若先生、柳橋に材木を運んでいた船頭が…」どうやら上田藩邸では土用明けに普請のため、材木を発注していたらしい。だが、着いた荷の数が違うと一悶着あったようなのだ。脅しの意味で刀を抜いた藩士に、気の荒い船頭が屈するはずもなく。「斬られたと…」若が尋ねると、弥平は何度も首を縦に振った。「陸で行くより猪口船で行った方が早かろう、新八急ぎ仕度を」ここでは素姓を伏せるため、若は二宮敬逸、某は助手の新八として診療にあたっていた。
柳橋に猪口船で着いてみれば、橋の袂には黒山の人集りが出来ていた。「火事と喧嘩は江戸の華、とはよく言ったものだな」どことなく他人事のように若は言うが、某としては気が気ではない。もし、この中に仙台藩士さらには自分を見知っている者がいればただでは済むまい。「思ったよりも傷が深いな、舟で運んでいては間に合わぬかもしれない」傍の者に部屋を用立てるように頼むと、急いで傷口を消毒にかかった。
なんとか一命を取り止めることは出来た…柳橋の喧騒も、いつしか夕闇に沈み始めていた。とその時、不意に幾人かの者がこちらを取り囲むように押し寄せて来た。やはり、あの場を見られていたのか。「若、ここは某が防ぎます」とは言ったものの、これでは逃げ場がない。「やはり見間違いでは無かったか、亡き殿によう似ておられる」聞き覚えのある声だった。そう言った男は、今一番見たくない男だった。御厨小文吾、選民意識が強く卑怯な男だった。十石二人扶持なのに、気位だけは高くそれを堅持する為だけに剣術を磨いていたような男だ。「道場のような場ならば、貴様に遅れを取りもしようがここは違う」薄笑いを浮かべながら、こちらへとにじり寄ってくる。数合打ち合っただけで、腕が落ちていないことは解った。「これならどうかな」と言うと、他の者達に目配せをする。すると若を取り囲む構えを見せた。「隙あり」横薙ぎに左腕を深く斬りつけられた。熱いものが噴き出したかと思うと、急速に力が抜けてゆく。若が言うところの、太い血管を損傷したようだ。
遠くで若が某を呼ぶ声がする。
その声もやがて、闇へ溶けていった。




