明治8年(1875年)3月 アメリカシカゴ ミシガンアベニューホテル跡 伊達正
佐藤百太郎は月初めに準備を済ませ、日本への帰路についた。ルイージ・ジャンニーニへの手紙と、適塾の連なりで馴染みのあった福沢諭吉殿への紹介状を持たせた。ついでと言ってはなんだが、心あたりのある商人や人物も伝えてある。アメリカに興味を持っていた森村市左衛門殿や、富岡で会った星野長太郎殿などに会ってみることを勧めてみた。
百太郎殿がニューヨークを発ってすぐ、シカゴの農機具卸売商から連絡があった。どうもジョンディア側との折り合いが付かず、揉めているようだ。その一報を受けて、正宗を連れてシカゴ行の鉄道に飛び乗った。
シカゴに着いて話を聞くと、急な大量注文に増産を急いだので、その分の費用を充てて欲しいとの事。経費の上乗せになるため、こちらに連絡してきたようだ。ジョンディア側の担当者にこう告げた。
「分かりました、その分の費用を持つ代わりに1頭引き・2頭引き・開拓用を1台づつジョンディアから直接購入しましょう。ただし、運賃・保険料・梱包費用はそちら持ちでお願いします」
直接購入の分、手数料は抑えられるがその他の費用と上乗せ費用を天秤にかけ、渋々頷いていた。
商談が終わると、先の火災現場が気になって足を運んでみた。すでに災害で出た廃棄物が処理され、新たに建物を建てるべく整地の真最中だった。そこへ見覚えのある顔の青年が立っていた。
「君は確か、ミシガンアベニューホテルのフロントで働いていた人だね」
声を掛けられた青年は、思い出したようで。
「あの時の最後のお客様ですか?無事、難を逃れられたのですね。本当によかった」
心底こちらの心配をしてくれていたのが、伝わるような満面の笑みで答えた。
「ええ、有難い事に三人共無事に貴方の教えてくれたホテルに部屋を取れました。その後、ミシガンアベニューホテルはどうなりました?」
彼は力なく首を振り、寂しそうに答えた。
「元々、他の新興ホテルに押されていたのもあって、オーナーは再建を断念したようです。従業員は退職金も払われずに、解雇されました」
それを聞いて、ふと口をついて言葉が出た。
「もし、ホテル業界に拘りがなければニューヨークで働いてみませんか」
自分でも不思議なほどに、自然に彼を誘っていた。
「いいんですか?名前も経歴も知らないこんな失業者を雇って」
それもそうだ、何故彼を誘ったのだろうか。…あの火災の折、最後まで客の避難を案じていた姿が忘れられなかった。経歴よりも、人ととなりを見る。モルガン殿の言葉は、こういうことだったのかもしれない。
「そうだな、まずは名前から教えて貰えるかな?」
そう言うと、急に背筋を伸ばし自己紹介をした。
「パトリック・オブライエンです。元々はニューヨークで港湾作業に従事していたのですが、同じアイルランドから移住して来た仲間の紹介でシカゴに来ました。シカゴに来てからのホテル業界なので、ホテル業に拘りはありません」
急に面接のようになってしまった事が可笑しくて、噴き出してしまった。それにどう対応してよいか分からず、どぎまぎしている様にまた爆笑してしまった。こうしてまた一人、新たな仲間を得てニューヨークへの帰路についた。人との出会いが、人を育て、商いを育てる。その事を改めて実感しながら。




