明治8年(1875年)1月 アメリカニューヨーク 佐藤百太郎商会・ダスティ商会 伊達正
シカゴ・デトロイトでの商談を終え、ニューヨークに帰り着いてからも精力的に働いていた。百太郎殿は日本へと帰るための準備を、自分はアメリカでの業務を任せるに足る人物の選定をだ。2年前の不況以降、有意の人材には事欠かないのだが。どれも帯に短し襷に長しで、実績があっても理念が曲がっていたり。柔軟に対応出来ても、後ろ暗い過去を持っていたりで決めかねていた。
そんな折、モルガン氏から突然にランチのお誘いを受けた。願ってもない申し入れに、自分は一も二もなく飛びついた。場所は以前と同じ、アスターハウスのロタンダ。情報交換を兼ねたランチだ。
「何か得る物はありましたか?」
モルガン氏の問いに、シカゴでの火災やデトロイトの現状などの話を語った。
「それは幸いでしたな、以前のような大火になれば一帯の経済にも影響が出るのは必定。小さく済めば、復興の需要も喚起されるでしょう」
その冷徹な戦略眼は、その後の商機に目が向いているようだった。
「一つお伺いしても宜しいでしょうか?」
敢えてこの人物に、聞いてみようと思った。
「何でしょうか、私に答えられることならいいのだが…」
悠然と構えるその姿に、少し気圧されしまう。
「この不況の中、数多の人材が放り出されました。その中には、ただの石塊に過ぎぬ者もいれば、磨けば光る玉となる者もおります。貴方がそれを見分ける時、何をご覧になって見極められるのですか?」
そう聞くと、彼は独自の視点を語り始めた。
「私は磨かれた玉を探しているわけではありません、磨くに足る石を探しているのです。知識は買える、経験も積める。しかし、信用だけは本人にしか築けません」
そう言うと、口直しに食後のコーヒーを一口含むと、言葉を続けた。
「財務諸表は会社の過去を語りますが、人の顔は未来を語ることがあります。だからこうして、人と会うのです」
と言って、自分をランチに誘った経緯を語るように答えてくれた。
「貴重な御意見、大変参考になりました。私もより多くの人に会わねば、と思います」
自分の話を聞いて、複雑な思いで彼が切り出した。
「一人、気になる人物がいましてな。彼の勤める銀行は、当の昔に破綻していたのだが…踏み留まって財務整理を手掛けている」
彼を自分の手元に置きたいが、その男の事を思うと二の足を踏んでいる、というところか。
「オットー・ホフマンと言って、君とさほど変わらん歳だと思う」
その話を聞くだけでも、会ってみたいと思わせる人物だった。
「何故、彼を迎えぬのですか?」
そう尋ねると、モルガン氏は苦笑を浮かべた。
「律儀にも破綻すると分かっていて、残っているのは顧客のためを思えばこそ。その思いを踏み躙るような真似、私には出来んよ」
そう言って、窓の外に目をやった。それこそ銀行家としての『三方良し』なのではないか。
「もし機会がありましたら、その方に一度お会いしてみたいものです」
そう告げると、モルガン氏は静かに頷いた。
「頃合いを見て引き合わせましょう。君なら、彼も興味を持つでしょうから」
モルガン氏のその一言で、胸の内に小さな期待が生芽生えた。人との出会いが人を育てる…そう信じて歩んできた自分にとって、それは何より価値ある約束だった。




