明治7年(1874年)8月 アメリカデトロイト パークデイビス社工場 伊達正
シカゴでの用件を済ませ、一路デトロイトへと足を向けた。パークデイビス社は設備投資の資金に、これまで我がダスティ商会からの投資は、3万ドルを越え更に膨らみそうな勢いを見せていた。今一度ここで二人に会って、現状と今後について話合いの場を持つべくこの街にやって来た。
デトロイトの中心街、ウッドワード・アベニューに差し掛かったところ。正宗が、時計店のショウウィンドウに引き寄せられた。そこには精緻な内部構造が分かるように、裏面のカバーが外された懐中時計が飾られていた。正宗は食い入るように、覗き込んでいる。隣には正宗より幾つか年上に見える子が、同じようにショウウィンドウに見入っていた。
「君も精密機械に興味があるのかい?」
その少年は、正宗に問い掛けた。理解出来ない正宗は、自分に助けを求めているようだ。
「ごめんな、この子は英語が話せないんだ。この子は正宗、5歳で日本から来たんだ」
ふーん、と素っ気なく答えると再び時計に集中しだした。正宗に翻訳してやると、『うん、うん』とばかりに首を縦に振った。それを感じた少年は、あどけない笑顔を正宗に返した。
「ヘンリー、そんなところで道草を食ってないで…そろそろ帰らないと夜までにディアボーンに着けなくなっちまうぞ」
ヘンリーの父親らしき男が、少年を呼んでいた。ヘンリーは名残惜しそうに、時計店から父親の元に走って行った。去り際に正宗の方に振り返ると、掌をこちらに向けて振ってみせた。子供達の去り際の挨拶なのだろう、正宗も見様見真似で掌を振って見せていた。心が和む風景だった。
川沿いのパークデイビス社の工場では、パーク氏デイビス氏と今後の投資についての話合いの場がもたれた。成長速度も加味して、今までの投資に上乗せして総額で5万ドルとなるような契約を結んだ。この後、全米へと販路を拡大する際にはさらに追加で投資することも含まれていた。二人は満足そうに微笑むと、お互いに握手を交わした。そしてこちらに向き直り、交互に右手を差し出してきた。満足の行く商談のはずだったのだが、印象に残っているのは時計店で会ったヘンリー少年だった。正宗も彼のように、自分と違うものに心を奪われ違う道を選ぶのかもしれない。それでもこの子が選んだ道ならば、父として背中を押してやらねばなるまい。そう思うと、少しだけ残念に思っている自分がいた。




