明治7年(1874年)7月 アメリカシカゴ ウエスト・マディソン・ストリート 伊達正
なんとか火災の難を逃れ、シカゴ川を渡りウエストエリアのリビアハウスに部屋を確保することが出来た。一夜明けたシカゴは、未だ焼けた木材の燻った匂いが漂っていた。被害は800棟に及び、先の大火ほどではないにしろ大きな代償となった。それでもシカゴは動き続けている。すでに取引は再開され、我々の目当てであった農機具を扱うウエスト・マディソン・ストリートも活気に溢れていた。
農機具の卸をしている男に尋ねた。
「プラウの購入を検討しているのだが、何処の製品が一番信頼がおけるのかね」
男は上客を見つけたとばかりに、にこやかにその見識を披露し始めた。
「そうだねぇプラウならやっぱりジョンディアだろうね、モリーンプラウもいいが粘土質の土にも強く何より耐久性もあるからねぇ」
一人の卸売商の言葉を鵜呑みになど出来ない。その後、何人かの卸売商に話を聞いたが皆一様に同じだった。プラウならジョンディア、刈取機ならマコーミックを勧めてくる。一番丁寧に説明をしてくれた卸売商に、価格交渉を行なった。
「ジョンディア製の1頭引きと2頭引きのプラウを50台づつ購入したい。価格はそちらの言い値でいい、ただし運賃と保険料はそちら持ちで」
途端に卸売商は険しい顔になる。
「確かに大口の契約だし、喉から手が出るほど欲しい契約だが、その他の費用が全てこちら持ちでは…少々割に合いませんな」
確かにこれでは、こちらが多少得が大きいか。
「ならば、開拓用の大型プラウを10台追加しよう。梱包費用はこちらが持とう」
卸売商が掌を上に向け、目線付近まで持って行き首を振っている。どうやら、やれやれという感情表現なのだろう。
「分かりました、それで手を打ちましょう。全く、これじゃうちはかつかつですよ」
そう言って、右手を差し出してきた。
「良い商いなった、縁があればまた頼もう」
と言って、握手を交わした。これで後はポテトの種芋を購入すれば、シカゴでの目的は果たされる。そうだ、百太郎殿に帰りにアルビソでルイージ・ジャンニーニを訪ねて貰おう。彼にこの地で栽培されている作物を持ち帰ってもらい、北海道で根付くか試してもらおう。そう思うと、広大な北海道の空と大地が、自然と脳裏いっぱいに広がっていった。




