明治7年(1874年)7月 アメリカシカゴ ミシガンアベニューホテル 小川正宗
シカゴに来る度に思い出す光景がある。父上の肩越しに見た、真っ赤に燃える空と真っ黒な煙。
マサチューセッツで農学校を訪問した後、プラウを購入するべく一度ニューヨークに戻りシカゴへと向かった。幼い頃、この街へ向かう列車の中で、私は父ともっと話がしたかった。なのに鉄道の窓を齧りついて見ていた。そうすると父が、優しく頭を撫でてくれることが分かっていたからかもしれない。ただ、それも長くは続かない。シカゴへと着く頃には、深い眠りへと落ちていた。夕刻前ではあったが、父に抱えられホテルへの馬車に乗る。ミシガンアベニューホテルに着いても、睡魔は私を解放してはくれない。父が百太郎さんと、チェックインの手続きをしていた。
その時だった、ホテルのベルマンが血相を変えて飛び込んできた。
「火災だ。風向きからして、このホテルにも時期に火は迫ってくる。急いでお客様の避難を…」
そうフロントの男に、急を告げた。
「お客様、大変申し訳ありません。戴いた代金はお返ししますので、どうかお早く避難を」
そう言って、フロントの男は父上に代金を返還しようとした。
「今から予約が取れる、安全なホテルは何処かな」
父上が落ち着いて、尋ねると。フロントの男は。
「一番安全なのは、川を渡ってウエストエリアに避難することでしょう。中でもリビアハウスは一番高級なホテルなので、上等な客室なら空いているでしょう」
そう聞くと父は、代金の返還を断りさらに10ドル紙幣を渡して。
「満足の行く対応をして貰った、その対価として受け取ってくれ。何をするにしても必要になるはずだ。多くの者を避難誘導に、一部の者で集められるだけの現金を回収することだ」
そう言うと、百太郎さんを伴ってウエストエリアを目指して駆け出した。父の肩越しに見たあの赤い空だけは、摩天楼が立ち並ぶようになったシカゴを歩いても、決して色褪せることはなかった。




