明治7年(1874年)6月 アメリカマサチューセッツ マサチューセッツ農学校 伊達正
マサチューセッツ農学校へとやって来た。学校というからには、校舎とキャンパスを想像していたのだが、広大な農地と家畜達が織り成す風景が広がっていた。校舎へは、まだ少し時間を要するようだ。それでも馬車に揺られて、正宗と過ごす時間は有意義だった。見たこともない家畜に、目の色をきらきらとさせている様には心が安らいだ。
農学校の校舎へと入り、訪問の意を伝えると。丁度、今なら学長が手すきなので、相手をしてくれるらしい。
「はじめまして、私。日本で商人をしております伊達正と申します」
と挨拶をすると、学長も。
「こちらこそ、マサチューセッツ農学校で学長をしております、ウィリアム・クラークと申します。今日はどのようなご用件で、参られたのですかな」
とにこやかに、挨拶を返してくれた。
「今、日本は北の地。北海道を開拓している最中なのです。その地を耕すために必要な農具や、寒冷な地に適した作物などがないかと探しているのです」
そう、訪問の意図を伝えた。
「なんと奇遇なことか。つい先日、日本政府から内々に打診を受けていたのです。北海道は札幌に新たな農学校を開校したいので、教鞭を執ってくれないかと」
驚いた。確かに今の北海道には、彼のような人材が必要不可欠だ。
「ただ、今はまだ成さねばならぬことがあるので、今少し時間を頂ければ考慮する。と、ご返答申し上げたばかりなのです」
彼にも都合はあろう、政府は待つことを決めたのだろうか。
「時が許せば、赴任する意思はあるのですね」
気になって、そう聞いてみた。
「ええ、勿論です。人は挑戦を諦めた時、老いてゆくものですから。可能性があるのなら、新たな土地に赴くことを躊躇う理由はありません」
その後、大地を耕すプラウなる農具と、痩せた土地でもある程度育つポテトなどを教えて貰った。話を終えた頃には、北海道の広い空と大地が脳裏に浮かんでいた。この人なら、あの地に新しい農業を根付かせてくれる。そう信じるに足る人物だった。




