明治7年(1874年)5月 アメリカニューヨーク 佐藤百太郎・ダスティ商会 伊達正
モルガン氏を見送って、ロタンダに戻り暫く食事を摂ったところで百太郎殿が現れた。モルガン氏との経緯を聞いて、驚きを隠さずに言った。
「やはり貴方には天性の資質があるのですよ、何と言ったらよいのか…出会いの天運?ですかね」
それを聞いて、成る程と感心せざるを得なかった。ここまでの人生に於いて、人に出会いその後を変化させて生き延びてきた。
「確かに思い当たる節はあるな。だが、人は皆、大なり小なり人から影響を受け、また影響を与えて生きているのだ。自分が特別だ、などと自惚れることはないな」
やんわりと否定はしながらも、ある程度は共感していたことも事実だ。
食事の後、商会の社屋へと戻り本題を切り出した。
「日本に戻る前に、やって貰いたいことがあるんだ。確か君はボストンで学んでいたこともあったな、その関連で農学に詳しい者を紹介して欲しいのだが」
北海道を開拓する、伊達邦成公に益することがあればとの思いだった。
「農学ですか、ボストンよりもさらに東に農学校を開いている者がいるやに聞いていますが…紹介出来るほどの面識がありません」
と聞いて、残念に思っていたが。新たな提案をしてくれた。
「学校ならば、広く公に開かれています。ならば共に訪ねてみましょう」
そう言って、マサチューセッツへの同行を快諾してくれた。そうだ、こうしてまた出会いを繰り返しながら一つ一つ変化していくのだ。自分も、正宗も、この国も。これまでも、そしてこれからも。




