明治7年(1874年)5月 アメリカニューヨーク アスターハウス 伊達正
オークランドからは、前回と同じ旅程を辿った。どうやら先住民との諍いで、途中で下車しようものなら安全が保証されない。等と脅されては、正宗を連れての旅なだけに慎重を期さざるを得なかった。後にリトルビッグホーンの戦いにまで繋がる亀裂は、この時には隠しようが無い程に悪化していた。
とは言え鉄道で進む分には、安全が保証されていた。無事ニューヨークの地へ降り立った親子は、佐藤百太郎商会とダスティ商会の兼用社屋を目指した。着いて見ると、佐藤百太郎商会の看板が全面に押し出されていてダスティ商会の看板は付属品のように小さかった。それもそうだ、元々は佐藤百太郎商会のみの社屋だったのだから。中に入り、受付の白人女性に声をかける。
「横浜から来た、ダスティ商会の伊達正だ。佐藤百太郎殿はいるかな?」
どうやら百太郎殿は留守にしているらしい、それ程の間を置かずに帰って来るらしい。だが自分達はまだ昼食もとっていなかったので、アスターハウスのロタンダで食事を摂りながら待つ。と伝えて貰うことにした。
アスターハウスのロタンダは、ニューヨークの財界人が交渉に利用する一流店だ。今も一組の男達が、熱心に交渉を行なっている。給仕を呼び、注文を伝えると交渉していた男達が帰るところだった。ふとその席に目を向けると、革製の何かが無造作に置かれたままになっていた。席へと向い、それを確認すると…名刺入れのようだ。まだ遠くには行っていないはず、正宗に言い置いて給仕にレモネードを注文して彼を託した。急いで外に出ると、ハット被りステッキを持った人物が銀行街へと歩み始めていた。
「ソーリー、これは貴方の忘れ物ではありませか」
自分が声をかけると、その人物は胸をまさぐり無い物に気がついたようだ。
「ありがとう、商談に気をとられて名刺入れをテーブルの上に置き忘れていたようだ」
そう言って、受け取った名刺入れから1枚を抜き取り、自己紹介がてら挨拶と名刺を渡してくれた。
「銀行家のジョン・ピアモント・モルガンだ」
名刺に記された名を見て、一瞬息を呑んだ。──ジョン・ピアポント・モルガン。今、アメリカ金融界で最も勢いのある銀行家の一人である。
「日本は横浜の投資家、伊達正と申します。ご丁寧な挨拶、痛み入ります」
ここは下手にでても、顔を繋いでおくべきだ。
「ほう、貴方が今売り出し中のStandard Oil社に真っ先に投資をした御人ですか」
なんと、そのような事まで耳に入っているのか。
「こちらこそ、今をときめく銀行家のモルガン殿に名を覚えて貰っていることに感激しております」
短いながらも、腹の探り合いはひとまず置こう。
「何かありましたら、何時でもお訪ねください」
そう社交辞令を残して、モルガン殿は銀行街へと消えて行った。




