明治5年(1872年)5月 北海道胆振国 有珠郡伊達邦成邸 伊達正
「お初に御意を得ます。伊達斉邦が一子、伊達正にございます」
亘理伊達邦成公と御母堂、保子様にお会いするのは初めてだった。
「止めてくだされ、もはやそのような挨拶を受けるような身分でもあるまい」
邦成様は恥ずかし気に、やんわりと謙遜された。
「兄が色々と迷惑をお掛けしましたね、この通りです」
と言われ、保子様が頭を下げられた。
「お止めください。某も、慶邦様が命じられたことでは無い事ぐらい理解しており申す」
慌てて、保子様に頭を上げるようお願いした。
「して、今日はどのようなご用件で参られたのですかな?」
家老…今は家宰になるのだろうか、田村顕允殿が尋ねられた。
「はい、某横浜で商いを致しております故、色々と耳に届いております。亘理様が北海道へと渡り、ご苦労されておられると。それで、昔の恩に報いるべく必要になるであろう、米・味噌・油等々を持参致しました。何卒お収めください」
そう言うと、邦成様が深々と頭を下げられ。
「御気遣い、痛み入る。恩などと言うても、多少の口添えしたまでに過ぎぬというのに」
保子様も、同じく頭を下げられ。
「我らが貴方様にした、成し様を思えば恨まれこそすれ恩に感じて貰えるなど」
目元を押さえ、感涙に堪えぬようであった。
「何より、この地を栄えさせることは国にとって…いや商人にとって願ってもないことなのです。ですので、何かご入用でしたら横浜のダスティ商会にお申し付けください。格安でお引き受けいたします」
その言葉に、田村殿が。
「商人ならば、証文を残さねばなるまい。後程、某がしかと請け負いいたそう」
自分はその言葉に、ゆるゆると首を振る。
「此度の物資に、証文は必要ありません。亘理伊達家への付け届け、と思って頂いて構いませぬ」
田村殿は、驚きに言葉を失っている。
「ただし、今後の商いには勿論。証文を出して頂くことにはなります。先見のある商人ならば、損を成しても得を取るものにございます」
それに感じ入っていた、邦成様が。
「此度は有り難く、お言葉に甘えよう。…先程から後ろに控えているのは御子息かな?」
そう問われたので、正宗を傍らに呼び挨拶をする様に促した。
「おはつにおめにかかります、ただしがいっしおがわまさむねにございます」
正宗のたどたどしい挨拶に、皆の空気が緩んだ。
「正殿、お名を変えられたのですか?」
田村殿が、正宗の挨拶から察したようだ。
「ええ、亡き妻の家に入り婿で。一人娘だったのと、両親共に亡くなっていたので私が継がねば弔う者が無うなってしまいます故」
そう言って、肯定した。
「それに、私が伊達を名乗ることを、快く思わぬ方もおられるでしょう。良い頃合いだと思い、小川の家に入ることに致しました」
自分の言葉に、やや重苦しい空気が漂った。
「商人としては伊達正として、商いを行なっております故、お気になさいますな」
その言葉に、少し安堵したのか邦成様が。
「ただ施しを受ける訳にはゆかぬ、何か望みは無いのか?」
少し考え、新八郎のことに思い至った。
「もし叶いますれば、先の五稜郭での戦いで散った。伊庭新八郎なる男の墓を、こちらで弔っていただければ幸いです。新八郎は茂庭家の庶子として生まれ、某が成人するまで護り慈しんでくれた男故。伊達家の領地にて眠ることを、喜ぶと思います」
それを聞いていた田村殿が、しっかりと請け負ってくれた。これで新八郎も無縁仏としてではなく、伊達家の家臣として眠りにつくことが出来る。北海道の冷たい風は変わらぬはずなのに、不思議と胸の内だけは温もりに満ちていた。




