明治4年(1871年)12月 神奈川県横浜 ダスティ商会 伊達正
結局のところ、新通貨への統一で莫大な益を手にしたのは岩崎弥太郎殿一人だったように思う。当初は儲けは折半という話だったのだが、こちらの儲けを紀州の炭鉱を買い取る資金に投資して欲しい。との要望に、又四郎を通して了承した。故に、こちらに資金は戻ってはいない。資金を上手く転がし、他からも呼び込み別の事業へ。起業家としてはしたたかで、逞しい精神だが投資家にしてみれば金食い虫なのである。又四郎も傍らで岩崎殿の仕事を見て、学んでくれるならそれだけでも十分であった。
ただ、こちらも忠七と共に指を咥えて見ていた訳では無い。国内の情勢は、海外にも影響を与える。何処の国の商人がそれに食いつき、何処の国の商人がが静観を決め込むのか。それをつぶさに観察し、投資して資金に変えて行く。忠七に教えながら、それらを1つ1つ成約させて利益を回収していく。気づけば、岩崎殿から得られる儲けよりも多くの益を得るに至った。その1つ1つに、忠七は感心し。
「まさか、このように資金を産み出すとは…考えが及びませんでした」
と言って、細かく記された資料を見て感嘆の声を漏らした。
「そなたの仕事は、国内の投資ではなく海外の信用情報で益を積み重ねて行くことだ。それが理解出来れば、此度の又四郎の件も納得が行くはずだ」
そう言って、優しく肩を叩き諭した。それでも、自分の不甲斐なさには忸怩たる思いがあるのか。懸命に、資料の山と格闘していた。
確かに自分は、国内も海外もまんべんなく投資をして利益をあげている。だからと言って、自分と比べて劣っている。などと、考える必要は無い。己が納得の行く投資であったのか、自分が投資したことによって世の中がどう変わったか。そちらの方が、余程重要だ。技術だけなら、自分が教えるまでも無い。これからはもっと、心の問題を教えて行くべき時に差し掛かったのかもしれない。これを疎かにすると、目的が金を集めることになってしまう。
「なあ忠七、金というのは面白い性質があってな。一所に貯めておくと、ゆっくりと腐ってゆくのだ」
忠七は半信半疑の顔でこちらを見た。
「金は所詮、人や物を動かす道具にすぎん。使われぬ道具は錆ついてゆく、金もまた同じことよ」
それを聞いて、忠七は疑問をぶつけてきた。
「では、どうすれば腐らぬのでしょう」
まっすぐな問いに、自分も誠実に答えた。
「世の役に立つところへ流すことだ。そうして巡った金は、新たな価値を連れて戻ってくる」
少し間を置き、続けた。
「逆に、人を欺いて得た金は、また人を欺くために使われる」
忠七は静かに頷いた。
「故に、金を見るのではない。その先にある人を見るのだ」
そうだ、こうして少しずつ教えてゆけばよい。技も知恵も、そして商いに向き合う心も。まだ教えるべきことは山のようにある。忠七は、自分にとって初めての弟子なのだから。




