明治4年(1871年)8月 大阪府 西長堀九十九商会 伊達正
又四郎は商いの勘が良く、仕入れや値付けを一度教えるだけで覚えてしまった。忠七ですら舌を巻くほどであった。それでも、語学についてはまだまだ忠七、に一日の長が見て取れた。
8月の頭に、通貨の統一をするという情報を新政府の官僚から仕入れた。これをそのまま、自分の儲けを増やすために利用しても良かった。だが、ふと神戸で会った男の顔が頭をよぎった。九十九商会の岩崎弥太郎、坂本さんとの浅からぬ縁を持つ男。彼に又四郎との顔を繋いで、また違った商売を経験させたいと思った。最初、忠七は。
「なぜ某ではないのですか」
と憤っていたのだが、自分の。
「そなたは利左衛門殿より預かった、アメリカでの商いをさせるための人材だ。国内で起業させる者では無いので、此度は又四郎を連れて行くことにしたのだ」
と説明すると、まだ納得はいっていなようだったが自分の意に従ってくれた。
船で横浜を発って、神戸へ。そこから大阪は瓦町に入った、今はもう適塾は無いが懐かしき地だ。ここから南に歩いて船場へ向かっている途中で、坂本さんに初めて会ったのだ。同じように歩を進め、船場から西に行けば西長堀だ。旧土佐藩邸に、九十九商会はあった。先に連絡はしてあったが、岩崎殿は快くこちらを迎えてくれた。
「ようお越しくだされた正殿、して今日はどのような趣で参られたのかな」
豪放磊落、この言い回しがぴったりな様であった。
「此度は良き報せを持って参りました。そして、貴方との繋ぎを取るため弟子を連れて参りました」
そう言って、又四郎を紹介した。
「ほう、まだ若いが正殿の薫陶を受けているからには、非凡なものがあるのでしょうな。して、良き報せとは?」
腹の探り合いなど一切挟まず、聞いてきた。
「私の手に入れた情報では、新政府は通貨の統一を8月末にも行うとのこと。それを前に、藩札及び太政官札を出来るだけ掻き集めれば、大きな資金となりましょう」
その情報を聞いて、岩崎殿の眉がぴくりと動くのが分かった。
「しかしながら、我が商会には余剰の資金が枯渇しており、身動きが取れませぬ」
残念そうな素振りで、こちらを窺っている。
「今後の縁を結ぶために金子にして5万両を目処に投資しましょう」
豪快な笑いと共に、右手を差し出してきた。
「いやはや、正殿には敵いませぬな」
はて、手玉に取られているのはこちらなのだが。
「参りましたな、話を持って来たつもりが金を出す事になってしまいましたな」
困惑気味に、握手に応じた。
「流石は正殿、話が早い。此度の儲けは折半でかまわぬ、今後ともよしなに願います」
気付けば、こちらが資金を出し、岩崎殿は人脈と商機を手にしている。損をした気はしないのだが、どうにも一本取られたような気分だ。この人は坂本さんとはまた違った、人たらしなのであろう。




