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明治3年(1870年)7月 東京 日本橋 伊達正

利左衛門殿は三井の仕事で、中々に忙しく会うまでにひと月以上かかった。それでも、上野介様と親しくしていた瀬兵衛様・利左衛門殿と三人で顔を合わせるのは久方ぶりであった。「で、正よ。何時頃に日本へ戻ったのだ」瀬兵衛様は、嬉しげに尋ねられた。「5月の半ばには、横浜へと帰り着きました」やはり、親しい者との会話は落ち着く。「聞いたか?丁度1年ほど前に、道子夫人が東京で見つかったのだ」嬉しい報せに、身を乗り出した。「誠ですか?それでは頃合を見て、ご挨拶に伺わねばなりませんな」そう言うと、瀬兵衛様は。「又さんの子は娘で、名を国子と名付けるよう言われたそうだ」そうか、無事お産まれになられたのだな。「では、御伺する折には某の息子も連れて行きましょう。良き遊び相手になるやもしれませぬ」安堵に、胸を撫で下ろした。


座りを改め直し、問い掛けた。「お二人共、杉沢又四郎の話は聞いておりますな」二人を見ると、頷いている。「推測するに、世良修蔵は確かに嵌められたのだと思います」そう言うと、瀬兵衛様が。「そう断言出来るのか?」と、食い気味に問い掛けてきた。「何分、伝聞なので断言とは行きませんが確度は高いと思います。世良は最初、自分が襲われたのは上野介様が事に違いないと思っております。ですが実際は、大山格之進への書状から襲われています」一旦、二人の理解を待って続ける。「書状には、奥羽越への反感のような記述は無かったのではないでしょうか?となると、誰がどのような意図で書状の内容を捻じ曲げたか」二人は深く、沈思している。「それを考察するに、世良修蔵を消す事を目的に書状が書き変えられたことは明白です。では何故消したかったのか?上野介様を消すことを、使嗾していた事を隠すためではないかと…」二人が一斉に、こちらを凝視した。「しかも死の間際に、証拠となる書を友に託したと言っていたとか。その友を見つけ、書を見ればさらに何か分かるかもしれませぬ」言い終わると、瀬兵衛様が。「その友に関してだが、有力な人物が二人いる。一人は品川弥二郎、奥羽鎮撫総督参謀をしていたが世良・大山が下参謀に就くと解任されている。もう一人は前原一誠、北越軍の参謀を任されていた男だ」なるほど、事前に書を送るなら二人のうちのどちらか、ということか。「それならば品川よりも、前原の方が有力やもしれませぬ」二人がハッとして、こちらを見る。「品川は解任後、世良が接触するには気が引けましょう。一方の前原ならば、職を遂行する同志として自分が疑問に思った書を託すことはありましょう」しばし部屋に沈黙が落ちた。皆、同じことを考えていた。もしその書が現存するならば。もし世良修蔵が残した言葉が真実ならば。上野介様の死にまつわる全てが、覆るかもしれない。利左衛門殿が静かに口を開いた。「探しましょう」その一言に、瀬兵衛様も力強く頷いた。もはや誰一人として、この話を与太話とは思っていない。箱館で散った新八郎は、命と引き換えにこの糸口を遺したのだ。ならば生き残った我らが、それを辿らねばなるまい。気付けば窓の外は夕暮れに染まり始めていた。アメリカで積み上げた商いも大事だ。正宗の父として果たすべき務めもある。だがそれとは別に、どうしても終わらせねばならぬことがある。小栗上野介の死の真相。その長い探索が、今ようやく始まろうとしていた。

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