明治3年(1870年)5月 神奈川県横浜 横浜港 伊達正
ニューヨークでの雑事を済ませ、大陸横断鉄道に飛び乗ったのが2月の半ば。サンフランシスコで情報収集と、日本へ持ち帰る品を吟味していると4月を過ぎてしまった。横浜へと帰り着く頃には、丁度1年を過ぎるほどになっていよう。正宗はどれ程に、成長したであろうか。20日程度の船旅を経て、日本の陸地が目で捉えられるようになると。今までとは潮の香りが違うように思えてくる、やはり自分はこの国の人間なのだと身体が教えてくれている…そう思えた。
横浜港に降り立ち、胸一杯に空気を吸い込んだ。帰って来たんだ、と改めて思わされた。逸る気持ちを抑えて、ウォルシュホール商会を訪ねた。やはり忠七がいた、こちらには気づいていないようだ。敢えて英語で問い掛けてみる。
「久しく会っていませんでしたが、お変わりないようだ」
最初の戸惑いの表情から、歓喜の顔に変わるのは一瞬だった。
「もう1年は向こうにおられると思っておりましたのに、戻って来られたのですね」
満面の笑みから、表情を変え。
「あまりにも長く留守にすると、息子に顔を忘れられてしまうのでな」
そう言って、お互いに笑い合った。
太田町の家への道すがら、この国の変化について教えてくれた。
「新政府は版籍奉還を公布して、民を臣民として藩から返上させる政策を発表しました。藩はいずれなくなり、新たなる制度をとるための措置だと思います」
なるほど、近代化を進める上で藩では細かすぎるか。
「まだ実行されてはいませんが江戸に陛下がお下りになり、政を執り行われることになるようです」
ほう、新政府は江戸を中枢とするのか。意外ではあったが、利にかなっている。
突然、忠七の言葉が無くなった。余程言いにくいことだと察知できた、新八郎のことに違いあるまい。別れを決めた時に、すでに覚悟は出来ていた。
「…伊庭新八郎殿が五稜郭での戦いで、討死なされました」
敢えて、重くならないように答えた。
「さようか、箱館まで戦い抜いたか。別れる折に、覚悟はしていた」
それを聞いて心が軽くなったのか、その後に驚くべきことを語ってきた。
「伊庭殿の最期を看取った者が、重大な真実を持ち帰って来ました。小栗様に、斬首を言い渡した人物についてです」
一気に鼓動が早まるのを感じた。正宗の顔が脳裏を過った。一年ぶりに会えるはずだった。だが、その想いを押し留めるほどの言葉だった。
「忠七、そなたの家へ向かおう」
息子には悪いが、今はまだ帰れぬ。二人は家路とは逆の道へと足を向けた。




