明治2年(1869年)11月 アメリカデトロイト キャンパスマルティウス広場 伊達正
その後、ロックフェラー氏との契約の詰めを行い、正式に調印するのにひと月程かかった。クリーブランドの鉄道のホームで。「貴方の会社がStandardなOILCompanyになることを願っています」と言って、握手を交わし鉄道の旅衆となった。
次に降り立ったのは、デトロイト。デトロイト川の河畔にあり、オークランド同様に鉄道と船舶の輸送で成り立つ街だった。街の中心部はキャンパスマルティウス広場で、商業街でありホテルや銀行まである中枢だった。中心街へと足を踏み入れて間もなく、前を歩く紳士が胸を押さえて蹲った。「大丈夫ですか?」すかさず近寄り、手首を握り脈を取り顔色と呼吸を確かめた。脈は異様に早く乱れている、近くに医療施設は無いのか。周りに集まった人々に聞くと。「ダフィールド先生のところならすぐだ」と聞いて、病人を担いで一人に落ちないように支えて貰った。看板には『Parke, Davis & Co.』と記されている、薬種商だろうか。併設されている診療室へと運び込み、ダフィールド先生と思われる人物に状況を説明した。「突然、胸を押さえ苦しみ出したので。とっさに手首で脈を取ると、頻脈の兆候があったのでここに連れてきました」と、どう見ても医者には見えない自分の説明に、ダフィールド先生は。「あんた医者かい?そうは見えないが、医療の知識はありそうだな。状況は分かった、後はこちらで引き取ろう」と言うと、手早く処置を開始した。ひと心地ついて、辺りを見回すと薬草類を中心に様々な薬品が所狭しと置かれいる。「まるで本草学の砦のようだな」という自分の呟きに、処置を終えたダフィールド氏が。「本草学?なんだそれは、東洋にはそんな学問が存在するのか」と尋ねてきた。「ええ、私は日本からやって来たのですが私の国には植物だけでなく、鉱物や動物などの天然物から薬を作り出す研究をする学問がございました」ダフィールド氏は深く考え込む素振りで。「興味深いな。植物だけでなく鉱物や動物も薬として扱うのか?青年は銀行家のような格好で、医療の知識もある。何者なのだ」自分でも、確かに…と思ってしまった。「私はニューヨークに商会を持つ商人です。日本にいた頃に、医療を学んでいたこともございます」と言うと。「その本草学とは書物としても残されておるのか」と興味津々で聞いて来る。「ええ、あまたの先人が数百年に渡って紡がれた知識が書物として残されております。もし興味がお有りでしたら翻訳してお送りしましょうか?」と言うと。がっ、と両肩を掴まれ。「お願い出来るか?」先ほどまで患者を診ていた医師とは思えぬ熱量だった。「今回の渡米は長居するつもりがありませんので、翻訳した書物を日本よりニューヨークの佐藤百太郎商会に送らせましょう」と言うと、安心したかのように抱きついてきた。これからも長い付き合いになりそうな気がしていた。




