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明治2年(1869年)10月 アメリカクリーブランド ウェデルハウス 伊達正

後にBlackFridayと呼ばれるようになる、金相場の暴落に端を発する不況後。そこで得た資金を元に、5000ドルの資本金で商会を設立することにした。伊達の頭文字であるDから名を考えていた折、ホテルの掃除人が「Sorry, it's a little dusty in here(埃っぽくて、すみません)」と詫びた。ダスティ――西部開拓時代の荒っぽい空気を感じさせる名だ。現地の商会らしくもある。そうして『ダスティ商会』として登記することにした。


ニューヨークも相場や株式への投機から、製造業などの実業への投資へと移行していく空気が見て取れた。大方の投資家は鉄道景気に当て込んで、鉄道各社への投資を加速させていた。ただ、新興である自分にとってはただの後追いでしかない。ならばと、原石を探すべく鉄道のみならず、運河や湖の海運で発展する。五大湖周辺地域に的を絞って投資すべく、一路クリーブランドを目指して鉄道へと飛び乗った。


クリーブランドはオハイオエリー運河の終着点であり、西に進めばデトロイト・シカゴがあり東に進めばバッファロー・ニューヨークに着く。という、結節点にあった。そのため船では木材や石炭、穀物や鉄鉱石などが運び込まれ、各地へと運ばれて行く。そんなクリーブランドへ降り立ち、商人達が常宿とするウェデルハウスへと向かった。ここのロビーや食堂を利用していれば、クリーブランドでの情報は自然と耳に入って来る。今も紅茶を飲みながら、隣の話に耳を傾けていると。鉄道での輸送価格の交渉に、火花を散らせているようだ。交渉を終わらせ、席を立った後に一組の手袋が残されていた。どこかで打算があったことは否定しないが、純粋に忘れ物を届けなければ。という思いに駆られ、後を追ったが30代前後の銀行家風の青年は見当たら無かった。食堂へ戻り、先程までここで交渉していた人物について尋ねると、ロックフェラーアンドリュースフラグラー社のロックフェラー氏だと教えてくれた。石油精製業者か。名は聞いたことが無かったが、あの交渉ぶりだけは妙に印象に残った。


すぐに社へ赴くことはしなかった。ボードオブトレードでロックフェラーアンドリュースフラグラー社の情報を収集し、地元の銀行での評判などを聞いた。悪くない…いや、それどころかいきなり原石を発見したのかもしれない。周囲の石油精製業者はBlackFridayの影響で資金繰りに苦しんでいる中、堅実に実業に邁進して成果を重ねている。投機ではなく実業。ならば会ってみる価値はある。そう思った時には、既に秘書へ面会の取り次ぎを頼んでいた。

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