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明治2年(1869年)9月 アメリカニューヨーク メトロポリタンホテル 伊達正

9月に入った。だが、まだ手持ちの金を売ってはいない。なぜなら仕手側であるフィスクとゴールドが、手仕舞いの様子を見せていないのが一番の要因である。政府の状況を知らせる、新聞にもそれらしい記事は見受けられない。10日を過ぎた段階でも、金の相場はじりじりと値を上げていた。昼は百太郎殿とホテルのロビーで、販売商品や流通経路の洗い出しをし。夜はバーやコーヒーハウスなどで、情報収集に勤しむ日々が続いていた。


10月までこの相場は持たない!それだけは確信しているが、何時その時が訪れるかは神のみぞ知る。という心境だった…のだが、20日を迎えてゴールドだけが利益確定の動きを見せ始めた。この機会を逃せば暴落は必至だ、横浜で10万ドルだった金の手形をニューヨークで16万ドルで売り切った。6万ドルの利益確定、小藩ならば年間収入に匹敵する益だ。


だがその後の1日が、まるで1年にも感じられる日々が続いた。まだ、先延ばして利益追求出来たのでは?そもそも暴落するのか?という疑心暗鬼の日々が4日目を迎えた日。政府が手持ちの金を、市場に流す決定が発表された。ニューヨークの銀行街は、蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。銀行から飛び出す者、路上に座り込み何も無い宙空に視線を彷徨わせる者。人の欲とは際限無きものだ、この光景はそれを如実に表していた。金の相場は、横浜同様な値まで急落するに至った。


急落したならば、通常相場へと帰る。まるで振り子のように…それは堂島でも横浜でも同じだった。故に、手元にあった資金を掻き集めて急落した金を買い戻した。アメリカ政府も市場の混乱を抑えるため、金の相場を安定させる方向へと舵をきり。決して天井と底値を捉えた訳では無かったが、40万ドルの回収に成功した。これ以上を貪っては、自分もいつ路上に座り込む側に立たされるか知れたものではない。アメリカの金融市場という戦場で、生き残れただけである。驕れば必ず、足元を掬われる。ただ、今この時だけはゆっくりとビールを楽しみたい。そう思いながらも、脳裏には横浜に残してきた正宗の顔が浮かんでいた。40万ドルを得たところで、それは息子に会えぬ寂しさを埋めるものではない。金は増やせる。だが失ったものは戻らぬ。だからこそ、生きて帰らねばならないのだ。

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