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明治2年(1869年)7月 アメリカニューヨーク ティントンコーヒーハウス 伊達正

オークランドからプロモントリー・サミットまではセントラルパシフィック鉄道、プロモントリー・サミットからオマハまではユニオン・パシフィック鉄道を乗り継いで6日の行程だ。ミズーリ川の鉄道橋は完成しておらず、フェリーで渡ることになった。アイオワのカウンシルブラフスからニューヨークへは、2日かけて東部鉄道を利用してやって来た。大陸横断鉄道が完成するまでは、パナマ経由でも20日以上かけてニューヨークへ到達したことを考えると大きな進歩だろう。


ニューヨークでは、佐藤百太郎殿が出迎えてくれた。商業区画の南マンハッタンにある、ティントンコーヒーハウスへと入った。「どうだね、やはりアメリカは厳しいかい?」そう自分が尋ねると、百太郎殿は素直に。「厳しいですね。最初は好調に日本の商品を捌けていたのですが、物珍しい物が売れるのは最初だけです」相当苦しんでいるようだ。「ニューヨークに急ぎやって来たのは、金相場が不自然に急騰していたのでそれを確かめるべくだ」百太郎殿に隠すこと無く、真意を語った。「ジェームズ・フィスクが、派手に金を買い漁っていましたね。同様にジェイ・ゴールドも相当貯め込んでいますよ」なるほど、その二人が金相場を吊り上げているのか。「アメリカ政府が、黙って見過ごすと思うか?」百太郎殿の、率直な意見を求めた。「どうやらあの二人は、政府内部に保有している金を放出しないように働きかけているようです」果たして、それが成功するだろうか。いや一部の仕手筋だけに、甘い顔をすることは無いだろう。ならば何時、政府が介入するかが問題だ。「佐藤君、早目に売り掛け金を回収した方がいいだろう。政府が介入して、金が暴落したら倒産が相次ぐぞ」百太郎殿が、ビクっと反能した。「確かに、そうなれば危うい業者はいます。すみません、急ぎ戻って確認したいので…失礼します」そう言うと、百太郎殿は慌てて舞い戻って行った。


間もなく8月になる。あとひと月は持つだろうか。

危険を冒して9月まで待つか。それとも今のうちに安全に売り抜けるか。日本の相場で鍛えた勘の働かせどころだった。熟慮の末、自分は九月まで待つことを選んだ。ただし、政府介入による急変に備え、20万ドル分の手形だけは現金化しておく。利を狙う時ほど退路を残す。それが相場で生き残る者の鉄則だった。果たしてこの決断が吉と出るか凶と出るか。渡米後最初の大勝負が、静かに幕を開けようとしていた。

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