明治2年(1869年)6月 アメリカ サンフランシスコ モンゴメリー通り 伊達正
20日以上かけて到着したサンフランシスコの港は、大小無数の船舶がひしめき合う壮観な景色とは裏腹に、空気は船上のそれと大差無かった。潮の香りと、石炭を燃やした煙の匂い。ひと月近く嗅ぎ続けた匂いにうんざりしながら、一歩街に足を踏み入れると、また別の意味でうんざりした。人口の割に、整備されていない下水道。人や荷物を運ぶ馬車の馬糞は、そのまま放置され悪臭を放っていた。
それでも街は活況を呈しており、一獲千金を夢見る人々で溢れ返っていた。早速、商業区画でもあるモンゴメリー通りへと足を運ぶ。通りでもそこそこの人が入っているコーヒーハウスで、カウンターの店員に注文した。「コーヒーを1杯、それと何か摘める物を…今、横浜から到着したばかりなんだ」店員は余りにも流暢な英語に、驚いているようだった。「お客さん東洋系だから…また注文を聞くのに一苦労だと、うんざりしてたのさ。コーヒーとハムサンドでいいかい」これだから語学の優は、侮れない。「ああ、やはり他の国からの人は多いかい?」口が滑らかになった店員から、有用な情報を聞き出せるかもしれない。「ああ、さっきもそこのテーブルの、フレンチ野郎のフランス訛りの強い英語に辟易としていたのさ」コーヒーとハムサンドを受け取ると、そのフレンチ野郎の隣に腰掛けた。「ボンジュール、フランスからですか?私は横浜から今着いた所です」その男は安堵の表情で、早口のフランス語でまくし立てた。「やっとフランス語で話せる相手に出会えたよ、英語は話せるが誇り高きフランス人が母国の言葉を話せ無いなんて」まあまあ落ち着いてと、掌を下に向け軽く上下させた。「どうです、アメリカの状況は?何か変わった所はありましたか?」コーヒーを啜りながら尋ねると。「そうだね、ここのところ金が急騰しているね。戦時下でもないのに乱高下しているんだよ」と、教えてあげようと言ったように、上からの物言いが鼻についた。
それを確かめようと、銀行へと向かった。各相場の上下を表す、推移表には明らかに不自然な上下動を繰り返す金のレート表があった。推移表を見た瞬間、背筋に冷たいものが走った。戦争でも大鉱脈の発見でもない限り、このような値動きは起こらぬ。誰かが市場を動かしている。これは一刻も早くニューヨークへ飛ばねばならぬ。金を売るにせよ買うにせよ、まず誰が市場を動かしているのか見極めねば。開通したばかりの大陸横断鉄道。その終着駅たるオークランドへ向かう手配を整えるべく、銀行を飛び出した。




