明治2年(1869年)5月 相模国横浜 横浜港 伊達正
決断をつけてからは早かった。忠七に頼んで、利左衛門殿に適当な乳母を捜して貰った。赤子を、危険な船旅に連れて行くことは出来ない。「忠七よ、迷ったならば先人を見よ。近江商人は何故成功者が多い?売り手良し、買い手良し、世間良し。これは商いだけではない、投資や出資も同じこと」忠七に助言を与え、息子を託した。「必ずや帰る、今は足掛かりを築くための渡米じゃ」そう言って、忠七の肩を優しく叩いた。
これまで持っていた金の先物株を、アメリカでの金手形に換え。商船購入のために蓄えた、20万両を米ドルに換金して銀行手形にも換えていた。サンフランシスコまでは、蒸気船でも20日以上の長旅になる。途中、ハワイを経由しての航海だ。「アメリカならば英語だけで、こと足りましょう」忠七の言に、ゆっくり首を振った。「アメリカでの公用語は英語だが、アメリカには多くの国から移民が流入しておる。自分の元々の言語で話されて、好意を抱かぬ者おらぬだろう?」忠七が仕切りに感心して、頷いている。「だからそなたも、言語の習得には手を抜くな」そう言って、軽やかにタラップへと跳び移った。乳母に抱かれた正宗に目をやると、仕切りに何かを掴もうと手を伸ばしていた。
蒸気船が波止場を、ゆっくりと離れる。被っていたハットを振り、見えなくなるまで振り続けた。「行ってくる、楓。正宗を見守っていてやってくれ。正宗、必ずやお主の父として相応しき男として帰る故な…」そう呟くと、波を切り走る船へと身を委ねた。




