慶応4年(1868年)6月 江戸本所 勝海舟邸 勝海舟
話は少し戻った江戸での話。勝麟太郎は一人ごちていた。邪魔者の小栗上野介の排除、江戸城無血開城での名声を得て悦に入っていた。だが、そうとばかりも行かない。用が無くなったゴミは、捨てねばならぬ。人目が多い場所を避け、御庭番衆頭の三橋成方を秘密裏に呼び出した。
世良修蔵は実に見事に踊ってくれた、出番の終わった演者が何時までも舞台にいては迷惑だ。「三橋よ、世良修蔵の役目は終わった。このまま例の書状を持ったまま、退場させては障りがあろう」言外に書状の回収だけでなく、自分の関わりを抹消することを命じた。「幸い世良は不幸の渦中に、身を投じる役職に就いた。例え不慮に退場させられたとしても、誰も不信は抱かないだろう」そう告げると、三橋は返事を返すこと無くごく自然に目の前から消えていた。
暫く経ったある夜、御庭番衆頭の三橋成方が至急の面談を求めてきた。「お申し付けの儀、程なくとり行いましたが…書状の一通が見当たりませぬ。もしかすると、同僚もしくは友人に託した恐れもございます」何ということだ、だが御庭番衆に責を負わせても意味は無い。「して、どの書状の消息が不明なのじゃ」平静を装いつつ、三橋成方に尋ねた。「はっ、勘定方を偽装した出所不明な帳簿です。奴なりに可怪しく思い、誰かに託したのやもしれませぬ」道具が変な知恵をつけよって。だが所詮は死人の浅知恵、今さら何が出来るものか。あの帳簿を作成したのが誰なのか、誰が世良修蔵に手渡したのか。それについては、一切の痕跡を残してはいない。見る者が見れば、勘定方に関わった事の無い者の手だと気も付こうが。それが一体誰なのか、までは及ぶまい。一抹の不安を残しながらも、世良修蔵の退場劇は幕を下ろした。




