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明治元年(1868年)12月 相模国横浜 太田町日本人長屋 伊達正

戊辰の役は12月に入り、泥沼の様相を呈していた。蝦夷地へ、榎本武揚率いる艦船が到着すると。松前及び箱館の五稜郭を接収、そこへ反薩長の幕軍兵士達が続々と集結していた。もし、新八郎が生きているのなら箱館へと向かっていることだろう。


そんな師走に入ってすぐの昼過ぎ、懐かしい顔が利左衛門殿と連れ立ってやって来た。「久方ぶりじゃの正、少し会わぬ間に嫁御どころか子も腹におるのか」栗本瀬兵衛様のそんな冗談めかした会話はすぐに消え、上野介様の話へと進んだ。「利左衛門にも当たってしまったが、なぜ隠してやれなんだか…」分かっているのだ、上野介様がそんな事を承知するはずが無いことは。それでも、言わずにはおられないのだ、こちらも分かっているので。「申し訳ございませぬ」と、短く謝るに留める。「利左衛門殿、その後奥さまの所在は知れましたか?」自分も裏から調べはするものの、未だ消息を得ていない。「申し訳ありません、八方手を尽くしてはいるのですが…奥さまも警戒して隠れ潜んでいるのかもしれません」自分や利左衛門殿を頼ってくれれば、何としてもお護りするのだが…。「あの方は芯の強い女子じゃそう簡単に又さんの子を、ましてや自分を捨てようはずは無い」その通りだ、あれ程堅く結ばれた夫婦を自分は知らない。「これよりは三人での捜索になるのだ、わしの伝手も使って抜かりなく捜させよう」そう瀬兵衛様が言われると、少しだけ道が開けたように思えた。


「ところで利左衛門殿、忠七郎なのだが。三井の忠七郎では何かと障りがあると思った故、某の姓を使って伊達忠七と今は名乗らせておる」利左衛門殿に会ったついでに、忠七郎の事について伝えた。「行く先々で、名乗らねばならぬ故な」利左衛門殿は納得して、頷いてくれた。「何じゃ正、お主弟子をとったのか?」可笑しそうに、瀬兵衛様が聞いてくる。「又さんもそうじゃったのう、お主を弟子のように導いていた」そうだ、こうして繋がれて行くのだろうか。上野介様から自分へ、自分から忠七へ。人の命は尽きても、託されたものまでは消えぬらしい。そう思うと、少しだけ胸の痛みが和らぐ気がした。

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