文久2年(1862年)12月 江戸本所 勝海舟邸 伊達正
江戸へ戻り、緒方洪庵先生の元を何度か尋ねた。だが、御多忙の為に三月経ってもお会いすることが叶わなかった。それもそのはず、奥医師に西洋学所頭取さらには医学所頭取までをも兼任されていたのだ…是非もない。
先日ようやく面談が叶い、二宮敬作様と逸二様の訃報をお伝えしたところ「そうか…」とひと言発せられた後、どれ程の刻が経ったことか。深く哀しみ満ちた眼差しで、言葉に出来ぬ思いは伝わってきた。これ以上御時間を奪っては申し訳ない、丁寧な挨拶で退去しようとした折「もし興味があるなら、本所にある勝麟太郎殿の邸を尋ねてみるとよい」時間を取れぬことに気が咎めたのか、蘭学の繋がりがある御仁を紹介してくださった。
晦日月にも入り、忙しないことだがご紹介戴いたのに挨拶もせず。では、洪庵先生にも申し訳無い。暮れも押し迫る前に、ご挨拶だけでもと本所へと足を向けた。
「御免」呼び掛けてみたが応対は無い、それどころか中からは助けを求める叫び声さえ聞こえてくるではないか。「失礼仕る」聞く人は無いが、断りを述べて中へ押し入った。
中には刀を抜き放った二人連れが、今にも斬りかからんばかりにこの邸の主を探していた。「お二人、何を求めて旗本屋敷に踏み込んだのです?」敢えて、のんびりと落ち着いた口調で問い掛けた。不意に後ろから声を掛けられ、身構えながらも一人の男が吐き捨てた。「知れたこと、奸賊・勝麟太郎を成敗するためじゃ」どうやら、開国論者の勝殿を襲撃する為に押し入ったようだ。その時、後ろ控えていた男が、訝しげに目を細めた。「おんしゃあ、あの時の…」そうだ、後ろの男は大坂で行倒れていた…そう坂本竜馬と名乗っていた。「坂本さんだったか?ここは自分に恩を返すと思って引いてはくださらんか」あの時のことを思い出しながら、優しく問い掛けてみた。「重さん、すまん。わしはこのお人に命を助けてもろうた恩があるき、このお人に頼まれたら断ることはできん」重さんと言われた男が、拍子抜けしたように刀を降ろした。
家の者には後日、ご報告にあがるので本日ことは大事にせぬよう含み置くと、二人を伴って屋敷を出た。すると竜馬が重さんと呼ばれていた男に「わしゃあ、こんお人に話があるきに先に戻っちょってくれ」というと親しげ肩に手を掛け、柳橋の方へと誘った。「わしゃあ、あん時の礼があれしきで済むとは思うちょらんきに」今は懐が十分で柳橋の料亭でも問題無い、と請け負って歩を進める。まだ黄昏時には幾分かの時はあろう、だが真に襲撃を思いとどまらせる為にも…。柳橋の灯が、暮れ残る川面に揺れていた。自分は無言のまま、竜馬の後を追った。




