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文久2年(1862年)8月 大坂瓦町 適塾 伊達正

江戸へと向かう途中、どうしても寄っておかなければならない場所があった。『適塾』鳴滝塾で我が師・二宮逸二の父 二宮敬作様と共にシーボルトに学んだ緒方洪庵先生が開設された私塾だ。

去る3月にシーボルト先生が長崎を去った直後、二宮敬作様が亡くなり、つい先だっては息子である逸二様が亡くなったことをお伝えせねば…。

「えっ、昨日江戸へ向けて旅立たれた?」困惑気味に問い返すと門人らしき人物は「ええ、幕府より再三の出府要請がありまして」困り顔で答えてくれる「何度もお断りしたのですが、さすがにこのまま押し通す訳にもいかず…」この門人も適塾で洪庵先生に教えを請いたかっただろうに、気の毒な。門人には、丁寧に辞去の挨拶を述べて適塾を後にした。


南に脚を向け船場方面へと向かう道すがら、行倒れている二人に遭遇することに「大事ないか、水を飲め」二人を介抱しながら耳にする言葉は、初めて聞く言葉であった。「何?ここ二・三日飯を食うておらん?」どうやら急な病で倒れ込んでいた訳ではないようだ、安心したのかこちらも腹が減ってきた。「助けたついでだ、そこの屋台でよければ飯を共にどうかな?」供の新八郎は窘めはしたものの、最後には折れてくれた。勢い良くうどんをすすり、むせ返した後に「この御恩は決して忘れんき。江戸に着いた暁にゃ、必ずお返しするきに」どうやら土佐の者らしい、こちらも江戸に向けての道中だったのだ。「もし江戸で会うことがあったなら、その時にでも返してくれればそれでよい」そう言うとうどん4杯には多すぎる一朱銀を置いて席を立った「わしは土佐の坂本龍馬じゃ。この御恩は決して忘れんぜよ」まさか江戸でもう一度会うことになろうとは、この時は知る由もなかった。

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