文久2年(1862年)12月 江戸柳橋 料亭いな垣 伊達正
竜馬は、大坂で別れた後のことを矢継ぎ早に語って聞かせた。元々は実家からの路銀を大坂で待っていたこと、その間に金が尽きて行倒れていたことなど。出会う前からも含めて、半刻程も喋っていたろうか。「亀清楼までゃ張り込めんが、いな垣でも申し分なかろうがよ」確かに我々風情が亀清楼で優雅に遊べる訳もなく、それをやればどこぞのお坊ちゃまかと勘繰られよう。
そんなことは後にして、ここまで着いてきた本当の目的を果たさなければならない「坂本さん、再び勝麟太郎を狙うおつもりですか」やや姿勢を正して、誠実さを滲ませながら問い掛けた。「いや、此度の襲撃にしても重さん……小千葉の若先生ながじゃき、逸った連中を抑えよう思うて、ついて行ったがぜよ」なるほど、とても人を斬りに来た者の風体には見えなかった。「それより、おまんこそ、なんで勝邸におったがぜよ」人なつっこい調子で、何のてらいもなく聞いてきた。
なので、師匠のこと、緒方洪庵先生とのやり取りなどを聞かせた。「ほう〜、おまん学者先生やったがか。わしはてっきり、腕の立つ剣客じゃと思うちょったぜよ……」不意を突かれ、背中に冷たいものが流れた。一呼吸を置いて、問い返す。「なぜそう思ったのだ、およそ剣客のいでたちとは程遠いと思うのだが」着ていたものを広げ、困惑気味に問い返した。「うまいことは言えんが……空気、かのう? おまんの纏う気っちゅうもんが、そこらの者とはまるで違うちょったがぜよ」迂闊だった、そこまで気にして止めに入る暇がなかったのだ。「それよりおまん、学者ながやろう? 海の外ぁ、いったいどうなっちゅうがぜよ」有難かった、これ以上剣について話せば余計なことまで口にしてしまいそうだった。「酷い有様ですよ、どこの国も虎視眈々とこの国を狙っています」この国の現状、海外との技術の差について詳らかに語った。「故に勝殿の言う開国論には、頷ける部分があることも否定できません」ふむふむと関心を隠しきれず、それでも核心を突くように迫ってきた。「ほいたら、黒船相手にゃあ、どう戦うたら追い返すことができるがぜよ?」確実に、とはいかなことを前置きしつつ。「先ずは相手と同じ戦力を整えること、これには黒船を操る技術を身につけることも含まれています」一息入れて、竜馬の思考の整理を待って続ける。「そうなれば相手も無理にこちらに仕掛けては来られなくなる、一度被害を被れば三月は同じ戦力を呼び寄せることが出来ないのだから」語り終えると、竜馬は深く考え込んでいた。「勝殿は、その黒船の艦長として太平洋を横断されたと聞いています」竜馬の顔に、驚きが広がっていくのが見てとれた。「ほいたら、勝殿は黒船を操れるっちゅうことながかえ?」掴みかからん勢いで、問うてきた。「少なくとも勝殿自身が操ることは出来ないかも知れませが、操る者達を指揮することは出来るでしょう」我が意を得たり、といった風に盃を一気に干すと。「決めたぜよ! わしは勝殿に詫びを入れて、弟子にしてもらうきに!」盃を干すその顔には、先程までの迷いは欠片も残っていなかった。




