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慶応4年(1868年)7月 神奈川県横浜周辺 野毛・関内〜掃部山 伊達正

「正様、私。横浜を観てみとうございます」

突然、楓殿が横浜を観光したいと言ってきた。全てが済み、普通の娘のような好奇心が顔を覗かせたようだ。この娘の気が少しでも晴れるならばと、案内役を買ってでた。


横浜道を馬車で進む、傍らには田畑や入江に小さな漁村なども点在している。吉田橋で馬車を降りると、野毛の茶屋で往来を眺めながら団子と茶を楽しんだ。これまでは自分も気を張っていたからか、楓殿の美しさに目を留める暇も無かったが。横浜の街並みにいても、楚々とした美しさは、周りが見る目を見ても明らかだった。関内へと移ってもそれは同様だった。中には外国商館の者達も一目見ようと、商館前へと出て来ていた。騒ぎになる前に、掃部山へと楓殿を誘った。


ここは関内ほど人は多くないが、それでも通りすがる人は振り返って見ていた。

「どうです、ここからなら横浜港や居留地も一望出来て良いでしょう」

とは言ってみたものの、騒ぎにならぬか内心冷や汗をかいていた。

「正様の御自宅はどちらにあるのですか?」

関内の西洋雑貨店で贖った、西洋日傘をくるくると玩びながら問うてきた。

「あちらに太田町という場所がありまして、二人で住むのに少し広めの日本人長屋を間借りしております」

少し戸惑いながら、答えると。

「是非とも、拝見してみとうございます」

と、半ば強引に自宅へと案内させられた。


大家に帰った旨の挨拶をし、家に戻ったのだが…戸を開け放ち掃除をしなければとても人を入れられるものでは無い。

「お手伝いいたしますわ、でなければ今日泊まることも出来そうにないですもの」

ああ、お願いしよう…そう言いかけて慌てて飲み込んだ。

「何を言っているのです、嫁入り前の娘さんが無闇に一人者の家に泊まるなどと」

スッとこちらに向き直り、真剣な眼差しで差し込んできた。

「ならば、私を嫁に迎えてください」

突然のことに、気圧されていると。

「このまま叔父の元へ参れば、よく知りもしない高松藩の子弟へ嫁ぐことになりましょう。ですが私は、そのような方よりも、私のために身体を張り、涙を流してくださった貴方様の傍にいたいのです」

言いたい事は分かる、分かるが自分の気持ちに整理がつかない。

「言いたい事は分かりました、ですが色々な事が欠落し過ぎです。貴方は私の事を、余りにも知らな過ぎる」

お互いに、上辺だけでは婚姻になど到底及べない。


何とか説得して、野毛の宿屋で話をすることになった。楓殿の家の事、ご両親の事。自分の生い立ち、上野介様との事。夜を通して、話をした。気づけば、空が白みかけていた。これで、納得してくれるのだろうか。何せ生まれてこの方、おなごと暮らした事など無い。接することはあっても、色恋など無縁な世界で生きてきた自分にとって最大の試練を迎えているのかもしれない。


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