慶応4年(1868年)7月 神奈川県神奈川宿 神奈川本陣 伊達正
娘に付き添い、神奈川本陣での事情の聞き取りに同行した。聞けば狼藉を働いたのは薩摩藩上士の三男だという。対して神奈川本陣を預かる男は下士上がりらしい。なるほど、難しい顔をしている訳だ。
「そちらの藩の事情など、知った事では無い。この軍は陛下が信任された軍隊ではないのか?」
娘の代わりに、詰め寄った。
「まっこて、おはんの言うとおいじゃっどん、わい一存じゃ決められもはん」
この男も、上士の馬鹿息子には手を焼いていたらしい。
「この娘さんは両親を亡くされ、唯一頼りにしていた従者まで失ったのだぞ」
娘は高松藩の御納戸頭・小川宗兵衛の一人娘で、名を楓というらしい。
「せめて悔やみの言葉と、荼毘に付すための寺の手配だけでも手早くしてはくれぬか?」
その言葉に、下の者に申し付け近くの成仏寺に遺体を運ぶ手筈を整えてくれた。
「今日は仏様を弔うために失礼するが、後日改めてご説明頂きますぞ」
と言うと、楓殿を伴ない本陣を後にした。泣き疲れたのか、娘は一言も発しなかった。
寺での弔いを終えた翌日。本陣を訪れ、話を聞いて愕然とした。
「謹慎!正気で仰っているのですか?」
弔慰金として10両、葬儀費用や宿泊費など全てを軍が肩代わりすると言ってきた。金は出すから、穏便にということらしい。
「某は横浜で仏蘭西語伝習所の講師をしておりましたが、仏蘭西の軍隊では民間人を不当に殺傷した軍人は銃殺刑となっておりましたぞ」
銃殺刑!?と言って、昨日の男は顔を青ざめさせていた。
「某、以前は長崎にて蘭語も学んでいました故、此度の事を横浜の仏蘭西・和蘭陀・英吉利・亜米利加の友人達に語ってもよろしいのですかな?」
男は慌てて、こちらを諌めてきた。
「貴方では手に余ることでありましょう。ここから江戸は近い。総督でも司令官でも、この国の法を預かるに足るお方へ伺いを立てられては如何ですかな」
と、問い掛けた。
「まさか、新政府とは薩摩藩士が町人を斬り殺しても謹慎で済む国を作るためのものではありますまい」
そう言って、近くに取って貰った宿屋へと足を向けた。
翌日の昼過ぎ、楓殿と各地から届いた横浜への茶を堪能していた時。本陣より使いが来て、神奈川本陣へと向かうことになった。本陣に足を踏みいれると、大勢の者達に取り囲まれた。
「これはどう言う事ですかな?此度の事を無かった事にするため、我ら二人を拘束しようとでも言うのですか?」
片腕を楓殿の前に広げ、庇うように防御態勢をとった。
「すまんこっじゃ。お二人とも勘違いしちょっではなかか。囲みは解け」
と、奇妙な毛をあしらった被り物をした男が、声を掛けると囲みが解かれた。白々しさを感じる、明らかにこちらを威嚇するための演技臭さが漂っている。
「言っておきますが、楓殿が江戸藩邸に姿を見せねば、高松藩邸では騒ぎになりましょうな。某も職のある身故、長期に渡って留守にすれば友人達は心配しましょう」
明らかに、上役の顔が強張るのが見て取れる。
「さらに言えば、あの騒動を見物していた者の中には、某も見知った外国人がおりました故…どうなる事か」
上役は慌てて、名乗り出て謝罪した。
「おいは篠原国幹じゃ。薩摩の軍勢を預かっちょっ。こんたびは、まっこて相すまんこっじゃった」
そこからは腹の探り合いなどは挟まず、謝罪と賠償についての話合いが持たれた。ひとしきり話し合いを終えると、篠原殿は深々と頭を下げた。
「おはんの申すこっは、もっともじゃ。亡くなられた方にも、娘御にも、まっこて申し訳なか」
その言葉に嘘は無いように思えた。最初こそ威圧的な男と思ったが、非を認め頭を下げるべき時には下げる。その辺り、よほどの人物なのかもしれぬ。本陣を出る頃には、陽も西へ傾いていた。
「これで良かったのでしょうか」
不意に楓殿が尋ねた。
「分かりませぬ」
正直に答えた。
「亡くなった者は帰ってきませぬからな」
それでも、と続ける。
「生き残った者が前を向くためには、誰かが責任を取らねばならぬのでしょう」
楓殿は黙って頷いた。だが先程まで俯いていた顔は、ほんの僅かだけ前を向いているように見えた。横浜へ向かう街道には、初夏の風が吹いていた。




