慶応4年(1868年)7月 神奈川県神奈川宿 滝ノ橋付近 伊達正
亘理を出て、急ぎ横浜に帰るべく塩竈を目指した。来る折は陸路だったが、帰りは急ぐべく海路を選んだ。久しぶりに舟に揺られていると、横須賀への視察を思い出す。あの時は製鉄所建設に希望を膨らませいたことを思うと、鼻の奥にツンとした痛みが走った。
数日後、深川沖に到着した。深川に来るのも久方ぶりだ。好物の深川飯の匂いに、新八郎と共にかき込んだのが昨日のように思い出される。又、目が潤む。あの頃からの馴染みの船頭に頼み、日本橋の袂まで送って貰い。そこからは徒歩で、横浜を目指す。籠を頼もうかとも思ったが、まだまだ陽が高い陽が落ちきる前には横浜に入れる。と思いたち、徒歩で道を急いだ。
神奈川宿へと入った頃には、もう陽も僅かという刻限だった。横浜へと別れる、滝ノ橋付近に人集りが出来ていた。人混みを掻き分け前に出ると、斬られた男が今にも尽きかけん命を盾に、若き子女庇っていた。
「話ん分からんやっどな。そこんおなごを寄こせ。悪かごつはせん」
新政府軍の軍服を纏った薩摩男が、刀を抜き放って喚いていた。どうやら、相当に酔っているようだ。手元にあった銀を隣にいた男に掴ませ、神奈川本陣に通報するように頼むと。
「薩摩男は刀を見せぬと女と話も出来ぬのか?肝の小さいことだな」
と言って、前に出た。
「それとも新政府軍ではこのような狼藉が、罷り通っているのか?」
言われた男は激昂し、刀を振り上げて襲ってきた。酔った男の剣など、暗殺剣を使うまでもない。振り下ろされた刀を半歩身を引いて躱す。がら空きになった胴へ拳を叩き込む。薩摩男は胃の内容物をぶちまけ、呼吸が出来ずにのたうち回っている。さっと提げ紐を外すと、薩摩男を後手に縛りあげた。周りを取り囲んでいた衆からは、歓声や拍手が飛んでいたがそんな物に構っている暇は無い。斬られた男の元に駆け寄り、様子を見るが…もういかぬ。
「何か言い遺したい事はあるか?」
庇われていた女がこちらをじっっと見た、自分は諦めろという風に首を振った。
「お嬢様、申し訳ありません。私がもう少し…」
そこまで言って、こときれた。
間もなく本陣より、新政府軍の軍人が駆けつけて来た。
「新政府はこのような狼藉を、身内だからと庇い立てするのですか?何をもってこの国を治めようとなさるのです!」
と言うと取り囲んでいた衆からも、そうだそうだと歓声があがった。
「勿論、誠意をもってなそう。このような輩は、軍の綱紀に照らして厳罰に処する」
それを聞いた衆は、拍手と歓声でそれらを受け入れた。だが、横で佇んでいる女だけは、遺体に寄り添って涙を落としていた。助かったはずのその人が、誰よりも深い悲しみの中にいた。




