慶応4年(1868年)5月 上野国権田村 東善寺 伊達正
やり残した事を成すため、上野介様の領地・権田村を訪れた。上野介様が仮住まいとしていた、東善寺に領地の名主達に集まって貰っていた。「某、上野介様に永らくご厚情を賜った伊達正と申します」皆の顔に、困惑と訝しげな表情が漂う。「上野介様は水沼河原で首を打たれ、そのまま館林に埋め置かれており申す」皆の様子を窺い、続ける。「皆様に尋ねたい。上野介様を、この権田村へお連れしたいとは思われぬか」皆が顔を見合わせ、一様に頷き合っている。名主達を代表して、中島三左衛門殿が答えた。「勿論、その思いは皆もあります…ですがそのような事をすれば新政府軍の怒りを買うことになりませぬか?」もっともな心配だ、この小さな村で太刀打ち出来るとは到底思えん。「ならばその咎は某一人が負いましょう。村の伝承には三左衛門殿が取り戻した、として頂いて結構にございます」皆が驚き入っている。「ただ一刻も早く、領地にて安らかに眠って戴きたいのです。手を貸しても良い、という方だけでよいので法輪寺へ上野介様を迎えに行きませぬか?」言い終わると、深々と頭を下げて願い入った。皆がすすり泣く声が聞こえた。
「某、伊達正と申す。和尚にお会いしたい」法輪寺の門前で声を張り上げると、寺男が現れ今呼んで来ると伝えられた。「どのようなご用件でしょうか?」と、尋ねる和尚は緊張に引き攣っている。それもそのはず、十数人もの男が穴掘り道具を担いで、荷車を引いて門前に押し掛けているのだ。「小栗上野介様のご遺体を、貰い受けに参りました。どちらに埋葬されておりましょうか」寺男と和尚は顔を見合わせると、黙って埋葬の場所へ案内してくれた。墓の前で、皆跪き手を合わせた。「もし新政府よりお咎めあるならば、某に申しつけられたし。村人には、一切の関わりはございませぬ故」そう言い置いて、館林を後にした。五月晴れの日和であった。だが吹く風は妙に湿って感じられた。誰もが胸に抱えた思いが、そう思わせたのかもしれない。




