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慶応4年(1868年)5月 神奈川県横浜 太田町日本人長屋 伊達正

上野介様と別れ、横浜に戻ってからというのも。各国商人や新政府軍の御用商人達を相手に、手持ちの株を少しでも高く売り払うことに心血を注いでいた。それこそ、江戸城が無血開城されたことなど、気に留める暇もない程に。


ほとんどの株を売って、やっと大型商船に手が届こうかという時に利左衛門殿が訪ねて来た。酷く憔悴されているように、見受けられた。

「去る4月6日に上州水沼河原にて、小栗上野介様が斬首されました」

一瞬何を言っているのか、理解が出来なかった。

「館林での首実検の後、近くの法輪寺に葬られたそうにございます」

聞き終えた時、腹から一気に感情が突き上げられその場に蹲り、慟哭した。いや、それは泣くという生易しいものではなかった。腹の底から突き上げる感情が喉を焼き、気付けば獣の咆哮にも似た叫びを上げていた。


気づいた時にはすでに利左衛門殿は帰られ、新八郎が看病してくれていた。どうやら、そのまま気を失ったようだ。

「若、御暇を頂きとう御座います」

新八郎の突然の申し出に、跳ね起きた。

「突然に、どうしたというのじゃ」

神妙に、そして切実な面持ちであった。

「小栗様は若にとって恩人であり、愛すべき同志でありました。それは私にとっても同じなのです」

分かっている、故にこれが新八郎との最期の別れになることも。

「若には、坂本殿そして小栗様との約があります。故に私には、思いを遂げさせて欲しいのです」

そうだ、新八郎は自分の半身の思いを引き受けると言っているのだ。

「分かった…だが、暇などと言うな。しばし道が分かれるだけじゃ」

そう言って、無理に笑ってみるが笑顔にならない。

「若、男の門出ですぞ。湿っぽいのは合いませぬ」

そう言う新八郎の頬にも、涙が伝っていた。


翌日、お互い晴れやかに別れを済ますと、その足で残りの株を新政府の御用商人に言い値で売りさばいた。約を遂げる前に、やってしまわねばならぬ事もある。過ぎた事を悔やんでも、元には戻らぬ。坂本さんとの約。上野介様との約。新八郎との約。それを果たすため自分は前に進まねばならぬ。今を生き、未来を掴むために。

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