慶応4年(1868年)2月 江戸駿河台 小栗忠順邸 伊達正
去る1月27日〜30日にかけて、京の鳥羽・伏見において薩長の軍勢との戦闘が繰り広げられた。…結果は上野介様が予測されていた通り、幕府軍が敗れ去った。肝の座らぬお人が指揮を執っても、肝心なところで芋を引く、とは上野介様の仰りようだ。担いではならぬお人を、一番肝要な時に担いでしまった悲劇。さて、誰にとっての悲劇なのか…幕府?幕臣?江戸の市民?誰にとっても悲劇に違いない。
その悲劇の主人公は、あろう事か臣下を見捨てて己のみ軍艦にて逃げ帰ったという。事の次第に幕臣達は、呆れていいのか嘆いていいのか途方に暮れたという。そして今日、主だった官僚達を集め、方針を決めるための会議が開かれている。如何なる結論が出るにせよ、最期のご奉公。と、割り切って上野介様は邸を後にされた。
邸に戻られた上野介様は、どこか晴れやかなお顔をしておられた。「お役御免だ、これで心おきなく江戸を去ることができる」これもまた、上野介様の偽り無き本心なのだろう。
暫くして、三野村利左衛門殿が邸に呼ばれた。自分と利左衛門を前に、上野介様が頭を下げ言われた。「本日までの協力、誠に忝ない」利左衛門殿も自分も恐縮し、頭を上げるよう願った。「こちらこそ、本日までのお引き回し誠に有難うございまする」利左衛門殿の言葉に、頭を上げられた上野介様が。「今後、幕府に遠慮なく薩長相手に便宜を諮って貰って構わぬぞ」利左衛門殿の顔が歪んでいる。「そなたもだ、正。わしのために集めた先物株を高値で売り付けてやれ」上野介様の言葉に、胸が締め付けられる。「ここを引き払い、領地である上州権田村に移り住もうと思っておる」晴れ晴れとして、仰られる。「でしたら尚更、これを売った金子をお役立てください」自分が申し出ると、ゆるゆると首を振られ。「見縊るでない、わしにも相応の蓄えもあれば邸を売った金子もある。故にその方は友との約を守れ、その資金を元手に船を出しこの国を買えるほど儲けてみせよ」もう上野介様のお顔が、ぼやけて見えぬ。「なあに、わしが去っても横須賀には蔵も残る。さらには、お主らのような人も残せた。何の未練も無く、この地を去れる」そう言って笑う上野介様の顔は、不思議なほど晴れやかだった――ように思われた。それを確かめる術がない程に、自分の顔はぐしゃぐしゃに濡れていた。




