慶応3年(1867年)12月 江戸駿河台 小栗忠順邸 伊達正
12月9日、王政復古の大号令なる宣言が発せられた。ようは徳川幕府の廃止と、明治天皇の元の親政だ。江戸城では、大政奉還の折に見られたような狂騒は影を潜めていたという。深く憂慮し、誰もが沈思黙考しているが如く振る舞っていたようだ。と、上野介様が仰っておられた。
相場にも戦への予兆を示す、塩と油が高騰する気配がありありと見て取れた。「上野介様。塩も油も騰がり始めております。戦支度の気配が濃うございます」冷静に、相場の分析を伝えると。「もはや抑え留める人間を失った獣じゃな、間違いなく京で戦になろうの」上野介様が、深く考え込まれる。「これなるは米・鉄・鉛などの先物株です、上野介様の御判断でお使いください」と申し上げると、上野介様は。「そなた何時の間…、だがまだその時ではない。今は将軍家とお偉方の、御覚悟を判じねばならぬ」それを継いで、申し上げた。「ならば時間を稼ぐため、堂島で米を買い占めますか?まだ少なからず余裕はあります」上野介様は、ゆっくりと首を振られ。「市井の民を犠牲にしてはならぬ、幕府だろうが薩長だろうが民には関わりのないことなのだから」己の義のため、手段を選ばず行えばあの勝となんの変わりがあろうか。「本来ならば、そなたからの物資を受け取り、相場を吊り上げてでも薩長を追い込むべきなのだろうな」ふと自嘲気味に、笑みをこぼされ。「例えここで幕府が滅びようと、失ってはならぬものもあろう。幕臣としてではなく、人として」その通りだと思った。だからこそ、この御方に仕えたいと思ったのだ。地位でもなく、恩義でもない。この人の描く未来を見届けたい――ただ、それだけのため。




