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慶応3年(1867年)11月 江戸駿河台 小栗忠順邸 伊達正

あれ以来、横浜を引き払い小栗邸に住まわせて頂いていた。今後の急激な情勢変化、たとえ些細な変化でも江戸〜横浜の物理的な距離での情報共有は、致命的になりうる。という判断である。


上野介様の邸は離れの一角を除いて、非常に古風で威厳に満ちた造りであった。流石は権現様以来、将軍家にお仕えする御家である。丁度、上野介様がお戻りになり、その離れの一室へと呼ばれた。「帰り掛けに、城内の一室で密談に及ぶ者を目にした」上野介様は不快そうに、話をきりだされた。「手の者を使って、聞き耳を立てさせたところ。薩長との交渉に先立って、邪魔者を消したという話だった」とても話づらそうに、核心を話された。「土佐の坂本と中岡なる者を京の近江屋で討ったと」さらに「手を下したのは見廻組だという話だが……」目の前に昏い帷が降ろされたかのような絶望感に襲われた。つい先日、全てを成したあかつきには、共に貿易に打って出ようと約したばかりだというのに…。「大事ないか?」打ちひしがれている自分に、上野介様が優しく声を掛けられて続けた。「その話をしていたのが、御庭番衆頭と勝麟太郎であった」その人物の名を耳にして、確信と後悔が入り乱れて倒錯しかけた。「いくら合理に照らしても、己が手塩に掛けた弟子を交渉材料に殺すなど正気の沙汰とも思えぬ」吐き捨てるように、申された。


気を落ち着かせ、以前の勝邸でのことを話始めた。「初めてお会いして直ぐに、不快な黒き悪意を感じました。このお人に、坂本さんを紹介したのは間違いだったのではないか」後悔の念が、どろりと流れ込んだ。「さもありなん、あれは元々が武士ではなく、旗本株を父が買って武士となった家だからのう。これまで散々、後ろ指を指されてきたことだろうな」それが勝麟太郎が纏う、どす黒い悪意の正体なのだろう。そのような悪意と抗しながら、それでも幕府を支え続ける上野介様に、果たして安らげる日など訪れるのだろうか。

だが、その不安もまた、これから押し寄せる怒濤の前触れに過ぎなかった。

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