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慶応2年(1866年)1月 江戸深川木場町 伊達正

正月の三ヶ日だけはここ木場も、静かな装いに包まれている。いつもは職人や船頭の怒号や木遣り唄などで活気に満ちているが、この間ばかりは、材木問屋の年賀の賑わいを除けば、町にいつもの熱は無い。いつもの出店や屋台も富岡八幡宮へ行ってしまい、閑散とした佇まいを見せている。


上野介様との出会いから、自分の立場は目まぐるしく変わっていった。上野介様は「そなたの未来は可能性に満ち溢れている」と言って下さるが、私は自分がどうしようもなく不器用であると自覚している。不器用であるが故、何度も学び身に付くまで己に叩き込む。きっと上野介様は私のことを、なんでも小器用にこなせる、才人のように思われているのかもしぬが、決してそんなことは無い。現に仏語だとて、寝る間を惜しんで勤しんで今に至るのだ。


だが、己には別の性分が備わっていた。それは我が祖先、貞山公(伊達政宗)にもあったと俄に語られる。人の内に潜む悪意を、否応なく見抜いてしまう才だ。その才が故に、師である二宮逸二の教えを信じ抜く事が出来。今また小栗上野介様の元、与えられる技を身につけようと励んでいるのだ。


しかし、一つだけ後悔していることがある。坂本さんを勝麟太郎に引き合わせたことだ。坂本さんは純粋に、海の向こうの技術や仕組みに興味があった。それを勝麟太郎という、得体の知れぬ執念を抱えた男に引き合わせてしまった。彼の持つ悪意は、己の持つ出自に起因している。金で旗本株を買った、勝小吉の息子。それを打ち消すために、幕府と言う身分制度の根幹を滅ぼそうとしている。


今でもたまに、坂本さんから手紙が来る。以前の手紙ではコンペニーについて教えて欲しい、と書いてあったが。今はそれどころでは無く、薩長を結ばせることに心血を注いでいるとのこと。この事は余すこと無く上野介様に、ご報告申し上げねばなるまい。あの時あの場に留まって、坂本さんに勝麟太郎の本質を解き聞かせるべきだったのではないか。そうしていれば、政治の渦中に身を投じず純粋に海の向こうに思いを馳せていたのではないか。平素とは違う静けさの木場で、思いばかりが堂々巡りを続け、止めどない後悔だけが募っていった。

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