元治元年(1864年)11月 江戸神田三河町 伊達正
上野介様の予測通り、8月には勘定奉行に復職され、駿河台へと向かうことも明らかに減って行った。代わりという訳ではないが、足を向けることが増えたのが神田三河町だ。西側には武家屋敷が建ち並んでいたが、東側は町人や商人が慌ただしく働いている。その一角にある紀伊国屋が、三野村利左衛門(現時点では美野川利八)殿の店であった。
「いやぁ、上野介様念願の横須賀製鉄所の認可がやっと下りたようですな」利左衛門殿もどこか嬉しげに、語っていた。「この国の未来を見据えておられるのは、上野介様の他にはおられますまい」船すら自前で造れぬ国を、西欧諸国が対等に扱うはずもない。その礎となるのが横須賀製鉄所だ。「勘定奉行に戻られてからは、フランス大使ロッシュ様との交渉に、上役への根回し――上野介様も大変忙しいご様子です」そう、その為にも我らは上野介様を支える組織づくりに奔走せねばなるまい。「ところでこのコンペニーなるものは如何なるものなのですかな?」こうして、利左衛門殿に西欧の会社組織の構造や仕組みを教えに足を運んでいるのだ。
「どうやらひと雨来そうですな、今日はここまでにして降られる前に退散しよう」神田三河町も賑わってはいるが、道が広いわけでも整備されているでもない。道は泥濘み、馬の往来もあるので泥か馬糞か分からぬものを被ってしまう。「そうですな、また御時間がある時にでも御教授願います」そう言うと、利左衛門殿が傘を持たせてくれた。まだ雨は降り出してはいないが、空は今にも崩れそうな模様だ。街は油や炭火、果ては下肥の匂いまでが入り混じった空気に包まれている。油と泥と人の熱気が渦巻くこの街に、不思議な昂ぶりを覚えた。そんな自分を現実に引き戻すかのように、大粒の雫が身体を打つ。慌てて傘をひらき、足早に帰路を急いだ。




