元治元年(1864年)7月 江戸駿河台 小栗忠順邸 伊達正
昨年のこの時期には、未だ身を潜め追手から逃れねばならなかった。1年を経てまだ偽名にて医師を続けてはいるものの、自分の身の上は劇的に変化していた。昼は深川木場の若先生、夜は駿河台へと赴き、上野介様や瀬兵衛様との密談をかわしている。ただ、変わらんこともある。今こうして好物の深川飯を堪能し、新八郎と共に笑い合えていることだ。
夜、行灯の明かりが川面を照らし始める頃。猪牙舟に揺られる辰巳芸者と行き違いながら、柳橋へと上がる。深川の船頭衆にはいつも、柳橋に馴染みが出来たのかと揶揄われながらも駿河台へと足を向ける。上野介様の邸に着くと、勝手門の家臣に声をかける。すると、家臣の案内でいつもの離れの一角へと通される。中に入るといつもの瀬兵衛様ではなく、商人風の人物が座っていた。「この男は我が家で以前に中間奉公もしたことがある、三野村利左衛門といってな。今は三井で手代として勤めておる」そう上野介様に紹介された人物が、丁寧に頭を垂れる。「三井の三野村利左衛門にございます、以後お見知りおきを願います」笑顔だが、肝の座った面構えをしている。「深川で医師をしております、伊達正と申します。故あって、深川では二宮敬逸を名乗って診療しております」上野介様の信頼されるお人ならば、しっかりと身を証しておかなければならないだろう。
「さっそくだが、今夜参って貰ったのはその方らにも影響が及ぶ事態が京で起こったのでな」上野介様が鎮痛な面持ちで、語られた。「蛤御門のことにございますな」空気を悟られたのか、慎重な口調で利左衛門殿が問われる。「うむ、長州が暴挙にでた。しかも、カションからの話では英仏蘭米の四国合同で下関を襲う計画があるやに聞く」確かに、これは一大事だ。長州がではなく、この国にとっての。「そこでだ、三井に御用金が割り当てられるぞ」利左衛門殿の顔が硬直するのが、見てとれた。「額は…経済の分からぬお偉方のことだ、100万両は言ってこよう」畳み掛ける上野介様の言に、利左衛門殿の顔が蒼白になってゆく。「よい折だ、そなたも経済や金融について学んでみるといいだろう」そう言われる上野介様に、素直な疑問をぶつけてみた。「いくら大棚の三井と言えど、一度に100万両では屋台骨が揺らぐのではありませんか」だろうな、と頷かれる上野介様が言われた。「これを機に三井を掌握してはどうか?利左衛門」問われた利左衛門殿が慌てふためいている。「まあ、この危機を頭の堅いお偉方にはどうにもできまい。どうせそのうち、勘定奉行に戻れと言ってこような」固唾を飲んで、利左衛門殿が聞き入る。「そこで、俺と繋がりがあるその方が幕府との間に立つ…自然お主の三井での発言権も強まる」利左衛門殿の顔にやっと、朱の色が戻っていく。「そこで此奴を使うのじゃ、西欧の文献から近代化の仕組みや取り組みを取り入れ三井を立て直してみよ」どうやらまた一つ、大きな荷物を背負わされてしまったようだ。




