明治20年(1887年)9月 ドイツベルリン ドイツ銀行 伊達忠七
9月、モレルに紹介して貰ったマクシミリアン・ベッカーをドイツ銀行に訪ねた。まだ、それほどの役職に無い若手が、銀行の応接室を使う訳にも行かず。近くのカフェで、休憩時間の合間を見て会うことになった。
「モレルさんの紹介だから、どんな軽薄そうな男が来るのかと思ったのですが…安心しましたマクシミリアン・ベッカーです、よろしく」
「あれと一緒にされては敵わないな…お初に御目にかかる、伊達忠七だ。よろしく」
お互いに握手を交わし、本題へと入った。
「近年、ベルリンは勿論ドイツ全土に日本人が留学している。そういった人達の金銭調達は、彼らにとっての喫緊の課題だ。そこで、クレディ・リヨネのモレルと君に間に入って貰うことによって、この問題を解決したいと思っているんだ」
「確かに、ここ最近は日本人留学生が多く見受けられますね。嫌な言い方になりますが、私が便宜を諮ることへの見返りはありますか?…これは何も賄賂を寄越せとか、そういう事ではありません。私個人はですが、見返りを求めずに手を貸してくれる方がよっぽど怪しいと思うのです」
「貴方の言う通りだ、私もそういう人間には裏があると疑ってしまうだろうね。見返りは、人脈と情報だ。私はこれでも、多くの国に知己がいてね。ここに来る迄にも、ニューヨーク・ロンドン・ヴェネツィア・リヨンにいる者達に会ってきた。勿論、本拠地である横浜にはより多くの人脈がある」
コーヒーを一口、喉を潤すと続けた。
「考えても見てくれ、ここ数年で海外に留学生を派遣するようになった国で、今留学させて貰える人材が将来どうなるのかを。そんな金の卵に、恩を売れるチャンスを逃すのかい。彼らは将来間違い無く、国を背負って立つ人材になるよ」
「確かに貴方の仰る通りだ、私でお役に立てるのなら喜んで協力させて貰います…そういえば最近、日本から製糖業の研究に来ている者が相談に来ていました。名は…堀、そう堀宗一と言ったはずです」
「そうか、ならばその堀宗一殿交えてディナーでもしませんか?勿論、私が主催で構いません」
ドイツに来て早々に、こんな機会に恵まれるとは。石畳を闊歩する、馬の蹄の音さえ心地よく響いてくる。そんな心持ちで、ベッカーとのティータイムを満喫した。




