明治19年(1886年)8月 アメリカペンシルベニア州コネモー湖畔 サウスフォーク・フィッシング・アンド・ハンティングクラブ 伊達正
鉄鋼と鉄道の街・ジョンズタウンから、リトル・コネモー川を上流へと遡った場所に、サウスフォーク貯水池がある。今では貯水用というより、サウスフォーク・フィッシング・アンド・ハンティング・クラブが所有する保養地、コネモー湖として利用されていた。そのサウスフォーク・フィッシング・アンド・ハンティングクラブが所有するコネモー湖に招かれていた。ピッツバーグを代表する実業家や銀行家達が、夏の避暑を楽しむために創られたのがこのクラブだ。
「お初に御目に掛かるピッツバーグの実業家、アンドリュー・カーネギーだ」
そう言って、カーネギーが握手を求めてきた。
「こちらこそ、お初に御目にかかります。ニューヨークでダスティ商会を営む、伊達正と申します」
右手を差し出し、握手を交わした。
「聞き及んでおりますぞ、StandardOilTrustの権利を手放したとか。もう、石油王との関係は解消されたのですかな?」
「いえ、Trustの権利を手放す代わりに、NYとVacuumOilの株主となりましたので、解消した訳ではありません」
「それだと貴方にとっては、非常に不利な交換条件に思えるのだが」
「私は実業家ではなく、投資家です。世間一般の投資家ならば、利益のみを追求するのでしょうが私は違います。例え利益は少なくとも、それ以上に有益な物があれば喜んで投資をします」
そう言い放った自分を、不思議な物でも見るようにカーネギーは眺めていた。
「ならば私の会社に投資してはみませんか?Trustほどの配当は難しいかもしれませんが、決して損はさせませんぞ」
揺るぎない自信が垣間見えるようだった。
「そうですね、持ち帰って部下と検討致します」
私の答えに、あからさまに残念そうな顔を見せていた。少しでも多くの儲けを出し、多くを株主に配当する。実業家にとって、それは紛れもない正義だ。だが、少なくとも自分という投資家の正義とはやや違っている。その部分が投資の即答を躊躇わせた。
その後も多くの実業家や銀行家が、自分の元へ挨拶に訪れた。だが、投資を即決したいと思える人物には出会えなかった。それは、彼らが無能だったからでも、悪どい人物だったからでもない。彼らには彼らの正義があり、自分には自分の正義がある。ただ、それだけのことだった。多くを稼ぎ、多くを株主に還元する。それもまた、実業家として間違いなく正しい。だが、自分が求めているのは、それだけではない。人を育て、技術を繋ぎ、次の世代へ何かを残す。その先に利益が付いてくれば、それでいい。その考えが正しかったのか、それとも間違っていたのか。それを思い知らされる出来事が、この後に起こることになる。




