明治18年(1885年)8月 東京府深川区 富岡八幡宮 小川正宗
ニューオリンズから帰り、道子様と国子様に帰国した旨の挨拶と現地の土産を渡した。日本館で購入した小さな蒔絵箱にはワニ革製の名刺入れと、日本館のカタログの切り抜きが入れてあった。名刺入れには高級懐紙いれてあり、懐紙入れとしてお使い頂ければと伝えていた。
道子様は母を亡くした自分には、母を思い起こさせる存在であった。一方、国子様は一つ上の姉のような存在には、いつの間にか収まらなくなっていた。年を重ねるにつれ、いつしか一人に女性として見るようになっていた。3月に道子様を亡くされ、塞ぎ込む国子様を見ていられず。夏の両国、川開きに誘い出した。その時にも異性として意識してしまい、自分の感情に翻弄されていた。
新盆ではあったが深川八幡祭りにも、二人で出掛けた。木場の辺りを歩きながら、父上が昔この辺りに住んでいたことなどを話はしたが気もそぞろでのぼせていた。夏の暑さのせいだけではないことは、自分が一番知っていた。辺りには出店で焼かれている団子の醤油の匂いも鼻をくすぐるが、隣にいる国子様の匂い立つような色香の方が勝っていた。
大通りに入ると、腹に響く太鼓の音と共に野太い男衆の声が近づいて来る。法被に身を包み神輿を担ぎ、わっしょいの掛け声と共に横を通り過ぎ様に水が浴びせられる。咄嗟にその水から国子様を守ろうと、覆い被さった。その時、鼓動が激しく高鳴ることを抑えることが出来なかった。
「ほら、後ろ向いて」
と言うと、国子様が帯に挟めてあったワニ革製の名刺入れから懐紙を取り出し、自分の濡れた髪を優しく拭いてくれた。
「使ってくれているのですね」
「ええ、大切な人からの贈り物ですもの」
その言葉に、暫し祭りの喧騒を忘れて見つめ合った。この方も、自分のことを思ってくれているのか。その思いに人混みも忘れて、抱き寄せようとして思いとどまった。二人の距離が、2つの意味で縮まったような気がする深川八幡祭りだった。




