明治17年(1884年)7月 神奈川県横浜 ダスティ商会 伊達正
「父上、私もニューオリンズに連れて行ってください」
正宗が唐突に、12月に開幕するニューオーリンズ博覧会への同行を志願してきた。先日、手紙にて収穫を終えた農閑期に、アメリカはニューオリンズで行われる博覧会に行かないか。という打診を、伊達邦成様に送ったばかりなのだ。
「何処から聞いたのだ、まだ行くかどうかも決まってはおらぬというのに」
「忠七に聞きました。伊達様が行くと判断されれば、ニューオリンズの博覧会へ行かれるのでしょう?ならば、是非とも私を連れて行ってください」
今回の博覧会は、アメリカ南部の産業を紹介する意味合い大きい。綿花栽培と製糖が南部の主要産業なので、邦成様にアメリカでの実情を見学して頂きたい。というのが、今回の主目的だ。
「そなたは進学はせぬのか?福沢諭吉殿の慶應義塾で学ぶのなら、そなたの得たい知識も身に付くと思うのだが…」
「私は現場で…父上の傍らで学びたいのです。慶應義塾が嫌だ、というのではありません。机に向かって得る知識より、自分で体験したことの方が何倍も身に付くと思います」
父としては、この子の願いを叶えてやりたい。だが、ダスティ商会を営む者としては我儘を許すことは出来ない。
「私と共にアメリカに渡る、という事はダスティ商会の新入社員として随行する、という事だ。仕事で向かう以上、父として接することは出来ない。それでも共にアメリカへ渡りたいというのだな?」
「はい、そうしていただけなければ、他の者にも示しがつきません。勿論、理解しています」
決意は固いようだ。何時の間にかいっぱしの口を、きくようになって…。
「そこまで意志が固いなら、入社を認めよう。ただし、入りたてのお主は一番下っ端だ。これまでのように忠七や林蔵、東一郎に接してはならぬ。先輩として敬うことを忘れぬように」
「かしこまりました。これまでのような甘えは捨て、先輩としてお仕えすることをお約束します」
そう言うと、正宗は執務室を出て行った。正宗がこの道を選ぶと知った時から、覚悟はしていたつもりだった。だが、いざこの時を迎えてみると寂しさが勝っているように思う。そして宙に向かって呟いた。
「楓よ、これでよかったのかな?」
その音が虚しく宙を彷徨っていた。




