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明治17年(1884年)2月 東京府深川区 清澄別邸 伊達正

ここ数年、体調を崩しては少し療養して復帰を繰り返していた岩崎弥太郎殿が、折行っての願いというので、深川の清澄別邸を訪ねた。かつての凛とした逞しさは影を潜め、頬はこけ目は落ち窪んでいる。それでも、大三菱を率いる毅然とした雰囲気だけは依然として発していた。肝心の願いだが、薄々は気づいていた。共に、又四郎を呼び寄せての面会だ。大体の察しは付いていた。


「わざわざ足を運んで貰ってすまないな。今日はどうしても貴方に了承して貰いたいことがあって、来て頂いたのだ」

何時もと違う、よそよそしい言い回しにますます予感が現実となるのを感じた。

「又四郎を三菱に迎えたい。…見ての通り、思うように身体を動かすことすら出来ぬ有様じゃ。その前に、弥之助に信頼出来る歳の近い男を側に置きたいのじゃ、了承願えないか?」

「そのような姿を見せられては、断れるはずもありません。でも、今回の件は今までで一番の無理難題だ。私個人でどうにか出来るものではありません。本人に決断させてやってください」

そう言われた又四郎は、直ぐに決断しようという素振りは見せなかった。どれ程の間か、彼の沈思黙考に付き合って決断の時を待った。

「三菱に籍を置くことは出来ません。ですが、今まで以上に三菱の傍らで弥之助殿をお支えすることは誓わせて頂きます」

「そうか、それで構わぬ。わしと正殿との関係を越えるような間柄になってくれ」

又四郎も弥太郎殿も苦渋の決断だったのだろう、それを示すようにお互いの顔には憂いがあった。

「すまぬな又四郎、苦しい選択を押し付けてしまったな」

それ以上言えば、全て言い訳になりそうで口を噤んだ。


この面会の丁度1年後、岩崎弥太郎殿が永眠した。共同運輸との熾烈な競争の決着を見届けぬまま、死出の旅へと赴いたのだ。思いのままに突き進みはしたろうが、悔いが無い訳では無いだろう。彼の死に自分の最後を思い描く、悔い無く旅立てる者など稀…いや、いないのかもしれない。だが、それが訪れるまではせめて前だけを向いて進んで行こうと、改めて心に誓った。

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