明治16年(1883年)6月 アメリカニューヨーク44Broadway StandardOilTrustNew York支社 アイザック・レヴィ
ダスティ商会がStandardOilTrustに有する権益は、ボスとロックフェラー氏の個人間で結ばれた、公的な契約というよりは私的な部分が大きい。なので、これまで振り込まれた約250万ドルもTrust名義ではなく、ロックフェラー氏名義での振り込みだった。それを、今回の交渉で公的にStandardOil New YorkとVacuumOilへの転換ということになる。はたして、ロックフェラー氏はこれに同意してくれるのだろうか?まずはそこからの交渉になる。
「5年振りになるか?久しぶりだな、アイザック」
「ええ、ご挨拶にも伺わずに申し訳ありません」
「で、今日はどのような用件で来たのかね」
「今回、ダスティ商会はStandardOilTrustの5%の権益を手放すことを検討しています」
ロックフェラー氏の眉が、ぴくりと動いた。それ以外は表情を決して崩さない。
「その代わりと言っては何ですが、StandardOil New Yorkの株式を10%とVacuumOilの株式25%に転換出来ないだろうか。という交渉にやって参りました…いかがでしょうか?」
表情を変えることなく、淡々と話始める。
「私に…いや会社にとっては願ってもない変更だが、Mr.タダシは了承しているのかね?」
「はい、ボスたっての希望を電信にて横浜より受けております」
少し間をとって、考え込んで発した言葉は。
「そうか、商会の利益以上に君達への投資に舵をきった。という事なのだね」
驚愕した。流石はロックフェラー氏だ、この変更が何を意味するのかを一瞬で読み解いている。我々は三人で、数時間かかった事にこの会話中で到達している。
「最初、我らは何かの間違いでは?と疑ったほどです。ですが、よく考えてみれば我々はこの契約に何ら関わっていない。なのに平然とその恩恵に与っている、これではただの番人です」
私の言葉を聞き終えると、ロックフェラー氏は自分の口元に人差し指を当てて。
「交渉相手に、腹の内を晒してはいけないよ」
と、見たことの無い茶目っ気を披露してくれた。こんなロックフェラー氏を見たのは、後にも先にもこれ一度きりだった。それほどまでに私を信頼してくれていたのか。それとも、この変更を心から歓迎していたのか。今となっては、それを知る術は無い。ただ一つ確かなのは、あの時のロックフェラー氏の笑みを、私は生涯忘れることは無いだろう。




