明治14年(1881年)6月 大阪府西区西長堀 郵便汽船三菱会社 杉沢又四郎
この年の岩崎弥太郎殿は、高島炭鉱の買い取りに忙しく6月までは寸暇を惜しんで活動されていた。伊達正様の願いに応じ、大阪の五代友厚周りの調査をしたが明らかに動きがありそうなものが感じ取れた。それを正様だけでなく、弥太郎殿にも情報を入れてはいたのだが、弥太郎殿が人心地ついた折に正様が弥太郎殿を訪ねてこられた。
「いつもすまないな、此度は大阪周りのこと。いつもは三菱付きで苦労を掛けて…だが、なかなか手放したがらない御人がいて手を焼いている」
正様は自分を戻したがっている、それを知れただけでも今回骨を折った甲斐がある。
「わしは何時、又四郎を返してもいいのじゃよ。ただし、彼以上に仕事が出来る人物が間にいてくれるなら、喜んでお返ししよう」
「それは一旦置くとして、此度の全容はあらかた判明しつつあります。大阪の商人達を纏めて、北海道の官有物を安く買い取る。その間を繋いでいるのが、五代友厚らしい」
「らしい、か。証拠は?」
「まだ決定的なものはありません。しかし、複数の筋から同じ話が入っております。このまま五代の一派に、北海道という大きな利権を売り渡してしまってもよろしいのですか?」
「面白くはないな、面白くはないが手の打ちようがあるのかね?」
「すでに幾つかの手は打ってあります」
そう言うと、正様はこれまでの大隈様や栗本様とのあらましを語ってくれた。
「なるほどな、それで実業界からわしに声をあげろという訳じゃな。それで、この流れを留めることが可能なのか?」
「わかりません。しかし、今の時点で打てる手はこの位でしょう。後は正式に発表された後、政局がどう動くか…黒田は失脚するでしょうが伊藤という男、どうにも嫌な手を打ってきそうですな」
当事者である黒田清隆は責任を免れない。だが、それを切って終わりにするほど、伊藤博文は甘い男では無いように思われた。自分の見解も正様と同じなのが、妙に嬉しかった。
「それは警戒しておくべきじゃな…分かった、五代を牽制しつつ反対を声高に叫ぼう。これによってどう転ぶかは、その時になってみなければ分からぬ」
弥太郎殿が言うと、正様が頷いて答えた。この二人と事に当たれることに、湧き上がってくるような喜びがあった。だが、この後に伊藤という男の嫌らしさを思い知らされるのであった。




