明治13年(1880年)7月 東京府京橋区銀座4丁目 森村組 伊達正
日本橋・京橋界隈では前年末の大火から、復興を急いでいた3月に再び火災におそわれる。それでも商魂逞しい商人達は、次へ向けての歩みを止めることは無い。銀座4丁目に店を構える『森村組』もニューヨークの拠点を弟の豊殿が、ここを兄の市左衛門殿が切盛りして活気を取り戻していた。店頭には陶磁器や竹細工が並べられ、奥ではニューヨークへの荷を用意する用人達が慌ただしく働いていた。
「御免ください。お約束は無いのですが、組長の市左衛門殿は居られますか?」
そう店頭に立つ用人に声を掛けると、奥へと向かい番頭と覚しき人物が現れた。
「森村組の番頭を勤めております、大倉孫兵衛と申します。ところで、貴方様はどちら様で今日はどのようなご用件でしょうか?」
「これは店頭にて不躾な物言い、失礼致しました。某、横浜でダスティ商会を営む伊達正と申します。以前横浜のウォルシュホール商会で、市左衛門殿にご挨拶させて頂いた者です。今日はその時の約束を果たしに参りました」
「お約束?でございますか、主人に確認して参りますので、こちらで暫しお待ちください」
果たして市左衛門殿は覚えているだろうか、アメリカにて商売をする際には融資をする、という約束。
暫くして奥の応接室へと通され、市左衛門殿がこちらを迎えてくれた。
「お久しゅうございますな、ウォルシュホール商会で会ったのは10年以上前になりますか。あの時の約束とは、アメリカにて商売をするなら5万両を…という話ですかな」
流石は一流の商売人だ。どれ程の時を置こうとも、利益に繋がる話は決して忘れない。
「ええ、10年の時を経て利子を加えて10万円の融資を考えております。もしニューヨークで必要ならば、我が商会もニューヨークに店がございますのでご相談に乗れますよ」
「まさかあの時の約束が現実になろうとは、あの頃には夢にも思ってはおりませなんだ。しかし、10万もの大金をよいのですか?」
「これでもこの10年、色々な人物を見て来ましたからな。貴方の弟御にもニューヨークでお会いし、共にフィラデルフィア万博を観覧致しました。貴方達なら、例え損害を被ろうとも助けるに足る人物だと判断致しました」
「ありがとうございます、これで決心が着きました。これよりは小売ではなく、問屋としてアメリカで勝負に打って出ようと思いまする」
あの時は漠然と、只者では無い。という感覚でしか無かったが、今ならば分かる。いざという時に決断を下せる者が残り、昔に縛り続けられる者が消えてゆく。アメリカへと渡る決心をする前に、会っておいてよかった。そう思わせる夏風が、窓より入ってくるのが心地よかった。




