第四話 排除
玄関にゆっくりと向かう。
「帰るつもりか!!」
背後から怒声が浴びせられた。
「本日のご説明は以上となります」
淡々と、冷静かつ丁寧に告げる。
「これ以上の拘束が続く場合は、警察へ通報いたします」
数秒の沈黙があった。
「……やってみろよ」
男の声が、わずかに笑いを含む。
試されている。
そこまでしないだろうと値踏みされている。
だが、ここで温情を掛ければ、次も同じ事の繰り返しだ。
ポケットから携帯電話を取り出す。
迷いなく、画面を操作する。
発信直前に、男は顔色を変えて言った。
「……いいだろう」
舌打ちが混じる。
「今日は帰してやる」
だが、不遜な態度は変わらない。
「納得はしてねえからな」
最後に吐き捨てるように言った。
靴を履き、ドアノブに手をかける。
背中に視線を感じたまま、外へ出る。
冷たい空気が肺に入り、ようやく呼吸を整える事が出来た。
気取られないようにしていたが、正直、かなり身の危険を感じていた。
支店に戻ると、女性行員が、心配してこちらにやって来た。
女性は恐る恐る聞いてくる。
「……大丈夫でしたか?」
課長も申し訳なさそうに近寄ってくる。
「すまなかった……あの客、窓口に来たのが妻だったからすぐに気づかなかったが……旦那の方は、前任の支店長が対応している……かなり詰められて精神を病んで降格したらしい」
「そうですか……問題ないですよ」
それ以上は言わない。
言う必要もない。
ただ、頭の中には残っていた。
あの男の目。
そして、理屈が通じない人間の『納得していない』という言葉。
それから数日が過ぎた。
あの夫婦からの連絡はない。
来店もなければ電話もない。
(諦めたか)
そう思いかけて否定する。
あの手の人間は諦めない。
別の支店に行くかも知れない。
あるいは、忘れた頃に再来する。
そしてまた、同じことを繰り返すだろう。
誰かが疲弊困惑する未来は明らかだ。
(許すのか?)
心の内側から、声がする。
今回は明確に、一線を越えていた。
単なる威圧だけで無く軟禁拘束。
そして何より悪質だ。
笑いながら相手の反応を見て楽しんでいる。
『辞めて責任を取るのか』と、人の人生を破壊する事を厭わない。
だからこそ、タチが悪い。
結論は、すぐに出た。
精神を病んで、人生を狂わされた被害者がいる。
コイツは排除する。
昼休みに支店を出た。
人気の少ない裏通りで足を止め、目を閉じる。
意識を沈めて、あの男を思い浮かべる。
輪郭。
声。
視線。
“選択”に入る。
無数に広がる異世界の中から、一つを引き寄せる。
今回は、環境は過酷でいい。
そして、身分。
人間である必要はない。
スライム。
最弱の魔物。
意思は残してやるが、ただ、蹂躙されて倒される存在。
踏み潰され、焼かれ、斬られる。
その繰り返し。
ただそれだけの生。
能力は与えない。
救いも与えない。
痛みだけは残す。
それでいい。
決定する。
“処理”は完了した。
世界は、いつも通り回っていく。
あの家も。
あの女も。
変わらない日常の中にいるはずだ。
ただ一つ“夫”という存在だけが、最初からいなかったことになる。
不自然さはない。
記憶は補完される。
辻褄は、世界が合わせる。
余計なノイズが、消えている。
ただ、それだけだ。
問題は、解決した。
それ以上でも、それ以下でもない。




