第7話 侵入者と久々の対話
あれから五日が経った。オレは毎日黒ケープの遺体を眺めつつ日々を送っている。元々、黒ケープの家にはあまり訪問客がなかった。誰かが来てくれる望みは薄い。そして、オレは外に出られそうもない。キッチンには出入りできるが、水とパンはとっくに底を尽きた。
「せめて埋葬してあげられたらいいんだけどな」
オレは黒ケープを眺めながら独りごちた。遺体は寝室のベッドに運び、キッチンから保冷剤と思われるものを取り出して周囲に置いてある。今のところ綺麗なままだ。
部屋の外から物音がした。誰かが家に入ってきた?まさか、あの女性か?オレはできるだけ物音を立てずに、武器になりそうなものを手に取った。部屋を見て回っているようだ。あの女性ではなさそうだ。
黒ケープの知人か?それなら、声を掛けた方がいい。だが、家主が不在の家に入って物音を立てないように見て回る人物……。寝起きドッキリってことは、ないよな?
「この機を逃したら、オレが死ぬまで来客なんてないかもしれないな。」
どうせ言葉は通じないし、善人か悪人か見極める手段なんてない。迷って機会を逃すくらいなら、接触してみた方がいい。もしかしたらテレビに出られるかもしれないし。オレは武器を隠して寝室の外に出た。
「こんにちは」
侵入者は二人だった。一人は犬の頭蓋骨のような物を被っている。頭から翼のようなものが生えている。ヘラジカの角のように枝分かれした角だ。黒ケープ並みの体格だ。薄黄色のマントを羽織っている。
もう一人の顔は薄桃色の薄手のヴェールが花弁のように囲んでいて、隠れてしまっている。スカートも相まって花の妖精に見える。ヒツジの角のように螺旋状に巻いている角が目立つ。
笛とハープの音色が響く。シカ角の背中には突起が三つあり、そこから笛の音が聞こえてくる。花人の胸元には竪琴のようなものが生えており、蔦のような手で掻き鳴らしている。どうやら二人はオレに話し掛けているらしい。警戒心と驚きを感じる。オレはゆっくりと両手を挙げた。
「敵意はありません。あの部屋に家主が眠っています」
ジェスチャーで訴えるが、相手は音色を響かせるばかりで、オレにはさっぱり分からない。シカ角の人物はオレに手をかざした。オレの頬を鋭い熱風が掠めた。軽く切れた。こっわ。威嚇だな。シカ角はオレに手をかざしたまま、花人に笛で合図した。花人はハープで返事をして寝室に入った。
花人は寝室から出てきて、シカ角に何やら訴えた。オレは引きずられるように寝室に入った。黒ケープの遺体を確認したシカ角は、その隣に跪いてそっと顔に触れた。表情も言葉も分からずとも、故人を悼んでいることが伝わる。知人か。よかった。
シカ角は大きな青い宝石が付いたベルトのようなものを差し出してきた。シカ角の首周りにも同じものが付いている。オレは真似して付けてみた。
「聞き取れるか?」
「うわ!びっくりしたあ!」
シカ角の笛の音が人間の男性の声に聞こえる。何これ。
「良かった。言葉は通じるようだな。私は小太陽に次ぎ、全天で三番目に明るい恒星、『シリウス』の名前で呼ばれる者だ。見ない顔だが、お主の名前は?」
言葉って最高だな!あの苦労の日々は何だったんだ……。泣きそう。
「夜と言います」
シリウスと名乗ったが、オレの知るシリウスのことじゃないな。オレの知る限り、太陽系には小太陽なんてないし、全天で二番目に明るい恒星がシリウスだったはずだ。翻訳の都合か?
「夜か、よい名前だ。して、当代一の光魔法の権威、医術を極めし者、医王ドクターが亡くなった理由をご存知かな?」
光魔法……まあ、こちらの疑問は後回しだ。もう一人は一言も発さないし。
「五日前、甲冑を着た人間の女性が侵入してドクターと争ったのです。ドクターは死に、女性も重傷を負って逃げました」
シリウスは顎に手を当てて考え込んでいる。
「お主とドクターの関係は?」
「見ての通り、オレはこの世界の住人ではありません。言葉も通じないオレを保護してくれたのが、ドクターでした」
「ほう、この世界の住人ではない、と。道理で美しいわけだ。あのヒト嫌いのドクターが匿うのも頷ける」
美しい?自慢じゃないが、オレの顔はクラスメイトからも覚えられないくらい特徴がない地味顔だ。お世辞にも美しいなんて言われたことはない。でも、今はそれどころじゃない。
「一人では玄関の扉も開けられない無能を哀れに思って、保護していただけませんか?もう何日も食べていないんです」
保護してもらわないと、オレは餓死する。でも、オレの血が薬になることは、まだ言いたくないな。異種族友好を使ってみるか?このせいでドクターが命懸けでオレを守ったのだと思うと、少し怖いが……。
「ドクターのやつ、ヒトを養えるほどの甲斐性があったのかと感心したが、やれやれ……。高価な医療機器や貴重な魔物のサンプルばかり買うからだ。一言連絡をくれれば援助したものを。頑固な」
シリウスは牡丹のような見た目の紫のものを取り出した。肉の焼けたような匂いがする。
「食べるか?」
「ありがとうございます」
オレは食べ物を受けとる時に、シリウスに触れた。異種族友好を発動させようと念じる。
『異種族友好が発動した』
オレは牡丹のようなものを勢いよく頬張った。温かい。口の中に肉汁と柑橘のような爽やかな香りが広がる。おいしい!シリウスと花人はオレの処遇について話し合っている。シリウスの言葉しか聞き取れないが、花人はオレの保護に反対らしい。何かすごく眠くなってきた。
「……のところに連れて行けばいい。お主に翻訳珠を託すから、夜と一緒に行け。これは魔王としての命令だ」
気になることは多いが、なんかもう、子守唄にしか聞こえない。オレはゆっくりと瞼を閉じた。
【作者のメモ】
・シリウスと夜が『花人』と呼ぶ生き物の用いる言語は楽器の音の高低と和音を用いている。なお、音感がないと言語を認識できないため、一般的には用いられない
・二人はドクターと連絡が取れなくなったことで様子を見に来たため、不審者がいる可能性を考えて静かに家の中を調べていた




